「推理百物語」保山宗明王
「天崎サカヤの事件簿その2~ゲーム~」池上宣久
「推理百物語」 保山宗明王
□問題編
「わかった!トランプのハートのJはダイイングメッセージだったのよ。犯人はウンコするためにトイレに行って、そこに隠れていた被害者を見つけて殺したの。 あんな緊急時にトイレに行こうとしたのは、ゲリ気味のヤワラちゃんか、便秘のデン助のどちらか。で、犯人はそのどっちかと言うと」
その後、袖美(そでみ)は推理を続け、私が考えた推理クイズを簡単に解決してしまった。
「これで、1ヶ月かかった推理百物語、百個めの話が終わった」
私は最初の取り決め通り、ブレーカーを落とし、部屋の中を真っ暗にした。
私はこの時を待っていた。
私は袖美の鼻と口をふさぎ、窒息させた。
袖美は抵抗して、暴れた。必死でもう片方の手で頭を逃げないように固定するようにして、鼻と口から手を離さなかった。
物音に気付いて、誰かがこちらに向かっているようだ。
袖美の体から力が抜けるのと、ドアと窓から人が入ってきたのは同時だった。
私はすぐにブレーカーを入れて、自分も駆け付けた目撃者の1人になりすますことにした。
部屋は明るくなった。
部屋の真中に袖美がこときれて倒れている。鼻と口のまわりに、指の痕がくっきりと残っていた。ドアと四方の窓が開いており、ほぼ同時に部屋の中に入ってきたと見える3人、永(えい)、敏(びん)、椎井(しい)が袖美の死体を囲んでいた。
そこに、ゲ-ム探偵ユウキが入ってきた。
「ポーズ!一時停止!この事件は私が解決する!」
「誰だ、おまえ」と、永。
「私はゲーム探偵ユウキ。この事件、犯人は顔見知りの人物です」
「なぜ、そんなことがわかる?」と、敏。
「テーブルの上には2つのグラスがあります。どちらも半分以上減っていて、炭酸の泡がまだ同じくらい上がっていますね。でも、ほら、グラスのふちにルージュのあとがついているのは、1つだけ。 すなわち、もう1人、この部屋にいて、一緒にドリンクを飲んでいたんです。その人物こそ、すなわち、犯人!」
「すると、この3人の中に犯人がいるということなのか」と椎井。
「そうです。私、ゲ-ム探偵ユウキは犯人解明をゲームによって行います。古くはヴァン・ダインや高木彬光から」
「ウンチクはどうでもいい。とっとと推理しろ」と永。あとの2人もうなずいている。
ユウキは気をとりなおして高らかに宣言した。
「あっち向いてホイで犯人を推理します!」
「負けた奴が犯人なのか?」と敏。
「それは言えません」
「強い奴が怪しいってことか?」と椎井。
「それは言えません」
「俺、寝違えて首を動かしにくいんだけど、不利じゃないか?」と椎井。
「関係ありません」
それぞれ5回戦のゲームの結果、ユウキに全勝したのは永。ユウキに全敗したのは敏。ユウキの3勝2敗に終わったのは椎井だった。
「これで犯人がわかりました」
と、ユウキは言ってのけた。
□解決編
ゲ-ム探偵ユウキは続けた。
「テーブル上のグラスでおわかりのとおり、袖美さんはルージュをつけていました。そして、顔に残る指の痕から、犯人は手で袖美さんの鼻と口をふさいで殺したものと思われます。 ここまではいいですね」
敏が怒ったように言った。
「いいも悪いもない。それくらい、俺でもわかる」
「と、すれば、犯人のてのひらには、必ずやルージュがついているはずなのです。電灯がつくぎりぎりまで犯人は袖美さんの呼吸をとめており、手を洗う暇などなかったのです。 また、衣服に手をこすりつけて、ルージュを取ることもできません。つまり、犯人はてのひらに犯人の証しであるルージュをつけたまま、あっち向いてホイをしなければならなかったのです」
「と、いうことは?」と、永。
「私はジャンケンでほとんどパーばかり出していました。なぜなら、犯人はジャンケンの際、てのひらを見せないグーばかり出すだろうと予想したからです」
「すると、犯人はジャンケンに負けてばかりで、その結果、あっち向いてホイも負けるしかなかった人物が犯人だと」と、永。
「そういうことです。私に全敗したのは、誰でしょうか」
ユウキは3人を見回してから、ブレーカーを指差して言った。
「そして、このブレーカーを見てください。ルージュがついています。犯人はルージュを手につけたままブレーカーに触れてしまったのです。さあ、みなさん、この部屋に入ったとき、ブレーカーをオンにしたのは誰でしたか?」
永と敏は椎井を指差した。
「俺がブレーカーを上げた。くそっ、こんなことでばれてしまうとはな」
と、椎井はくやしそうに言った。
「えーーーーーっ!」
ゲーム探偵ユウキが呆然としているのをよそに、椎井は告白をはじめた。
「おまえさんの言うとおり、ジャンケンでパーを出せないので、グーとチョキしか出せなかった。チョキはあまり出したくなかったけど、この探偵がパーばかり出すので、チョキも出すことにした。チョキでもてのひらをあまり見せずにすむからな。 それに、袖美もルージュ塗り立てではなくて、ほとんど手にはルージュがつかなかったし」
「あんな夜中、ルージュはほとんど取れてたはずだな」と、永。
やっと立ち直ったユウキが言った。
「ちょっと待ってくださいよ。グラスにはべったりとル-ジュがついていて、しかも炭酸の泡がまだ立っていました」
椎井は何を言ってるのかわからない、という表情で言った。
「俺たちは推理百物語をやっていて、今日は夕食後、ずっとここで推理クイズの出し合いをしていたんだ。グラスにルージュがついたのは、最初に口をつけた6時過ぎかな」
「そのときのル-ジュがついたままだったのですか」
「飲み物がなくなったら、その都度同じグラスに注ぎ足したし。夜食も食べたしな。俺が口をふさいだとき、あまりルージュは残っていなかった。ブレーカーにもルージュがついたので、手の方はそれほど残っていなかったかな」
ユウキは、敏に向かって言った。
「敏さん、なぜ、ジャンケンでグーばかり出したんですか。私はてっきりあなたが」
「ああ、それは。確か、勝ち負けで犯人を決めるんじゃないと聞いたような気がするし」
「でも、ゲ-ムであるかぎり、負けるのは嫌なはずです」
敏はしかたない、と言った顔でてのひらを開けてみせた。
「この部屋に入って、みんなが死体に気をとられてるとき、ひろったんです。ポケットでもあればそこに入れておいたんですが、我々は、ほら、ヌーディストですから」
手の上では500円玉が湯気をたてていた。
「天崎サカヤの事件簿その2~ゲーム~」 池上宣久
□問題編
諍屋の所用で診療所が連休になったので、天崎サカヤは、従姉の天田ヒロミの別荘に、共通の友人たちを引き連れて、遊びに出かけた。
男四人女一人の一行が別荘に着いたのは、午前中のことだった。荷物を別荘に運び込む時にアクシデントがあった。武蔵博之がつまづいて、前を歩いていた徳之島徹と朝日昇の二人を押し倒してしまったのだ。 難を逃れた村田一美が悲鳴を上げる。倒した本人は怪我一つなかったのに、徳之島は足を捻挫し、朝日は腰を痛めてしまった。徳之島は武蔵の親友だったので問題なかったが、犬猿の仲の朝日はカンカンになって怒った。
こうしてお昼になって食堂で始まったパーティは一部険悪な雰囲気をはらんでいたが、やがて和やかなものに変わった。ものまね合戦やマーダーゲームなどで盛り上がったのだった。
ところがこのマーダーゲームで、天田と村田が対立した。ミステリを読まないがゲームでの正解率の高かった村田が「この世に不思議なものなど何もない。すべて理屈で説明できる」と主張し、ミステリ好きの天田がこれに反発したのだ。
「じゃあ、あなたに不思議を見せてあげる」
そう言って、彼女は天崎に声をかけて連れ立って廊下に出た。
「サカヤ、あなた何か考えてよ」
「え?」天崎は驚いた。「何かって、何を考えるの?」
「だからトリックよ。一美をあっと言わせるようなやつ」
「僕が考えるのかよ。まいったなあ」
この時、通り雨が激しく降り始めていた。
「じゃあさ、足跡トリックなんてどうかな」
二人は別荘の裏口から外に出た。
別荘の裏口から砂利道が伸びて、その先に砂利道に囲まれた直径二十メートルほどの、表面が土の広場がある。
「ねえ。やめた方がいいよ。体弱いんだし。風邪ひくよ」
天崎サカヤが止めるのにも耳を貸さず、天田ヒロミは赤いレインコートをはためかせ、広場の真ん中へ歩いて行く。彼女の足跡を雨がみるみる消していった。天田は持参した小さな折り畳みの椅子を広げて座った。
このまま雨が降り止むのを待ち、それから後ろ向きに歩いて広場を出たら、何者かが外から広場に入って真ん中から空へ飛んで消えたかのような不思議な状況を作り上げることが出来る。
「大丈夫よ。この雨通り雨だから一時間もしない内に間違いなく止むわ。それよりサカヤ。あなた別荘に戻って一美を見張っててよ。この状態を見られたらおしまいなんだから。一美はあなたにぞっこんだから、あなたが言えば大人しくしてるはずだわ。 別荘の窓からこの広場が見えちゃうから、一階の廊下がL字に曲がった先の一番奥まった位置にある書庫に押し込んで出て来ないようにしててよ。あそこ窓は嵌め殺しだし。いい?これはあたしと一美の知力を賭けたゲームよ。頼んだわよ」
天崎サカヤは別荘に戻り、強引に村田一美を食堂から連れ出し、書庫に押し込めた。ドアを閉め、その前に安楽椅子を置いてどっかと座る。目の前の廊下の窓から空が見える。 気になった武蔵博之、徳之島徹、朝日昇がやって来たので、書庫の村田に聞こえないように小声で天田ヒロミの企みを説明した。三人はそれを聞いて呆れて笑った。
それが二時のことだった。
それから十分が経った。書庫の村田一美はいい加減焦れてきた。ドアを開けようとしたら椅子にぶつかって十センチほどしか開かない。
「ねえ、サカヤ君。まだ部屋を出ちゃ駄目なの?」
天崎サカヤは立ち上がってドアの隙間に顔を押しつけた。
「駄目。もう少しだから我慢して」
その頃、武蔵博之は広場に立ち寄り、雨の中で頑張る天田ヒロミに励ましの声をかけていた。
さらに二十分が経った。
天崎サカヤは村田一美以上に焦れていた。何度も何度も時計を見る。
まだ二時半だ。早く雨止まないかなあ。ヒロミのわがまま娘!でもこんなことしてても、一美が出て来たら台無しになっちゃうんだよなあ。
天崎は思わず言っていた。「一美、絶対に部屋を出るなよ!」
しばらくすると、パーティのお酒の影響で天崎は椅子の上でうつらうつらし始めた。
二時四十分になって、徳之島徹は裏口から外に出た。雨中の散歩が好きで出て来たのだが、この時ちょうど雨が降り止んだ。
その十分後、天崎サカヤは椅子の上で目を覚ました。
いけない、いつの間にやら眠ってしまった。あっ、その間に雨が止んでいるではないか!
天崎は立ち上がった。
三時になって、朝日昇は別荘二階の自室から広場に目をやった。いつの間にか雨が止んでいた。遠目に天田ヒロミの派手な赤いレインコートが目立つ。広場に他に人影はない。 彼女が入った時の足跡は雨が消してくれたようだ。あとは後ろ向きに歩いて広場を出れば、空中に消えた男の完成だ。
朝日は目を疑った。一人の人影が広場に入って来るを見たからだ。
まっすぐ真ん中へ歩いて行く。あの黄色いレインコートは天崎だ。あの馬鹿、せっかくの天田のトリックが台無しじゃないか!
朝日は、天崎が誰も背中に背負っていないのを確認した。
朝日は部屋を飛び出した。
二人の距離が近づくにつれて、天崎サカヤは天田ヒロミの様子がおかしいのに確信を持った。
「ヒロミ、どうかしたの?」
天崎は天田に声をかけたが、何の反応もなかった。
「サカヤ君。もう三時になったよ。出ていい?サカヤ君?ねえ、返事くらいしてよ」
村田一美はそっとドアを開けてみた。天崎の姿がない。
「何だよ!」
天崎サカヤは広場の真ん中に立ち、足元にうつ向けに崩折れた天田ヒロミを見下ろして、呆然としていた。体が斜めによじれて、左胸にナイフが突き刺さっているのが見えた。
殺人?自殺?
惑乱した天崎は、腰を抜かしてお尻を地面に落とした。
ところが、天田にはまだ息があって、天崎は彼女の最後の言葉を聞くことになる。
そこへ、徳之島徹がやって来た。
広場の真ん中で座り込んでいるのは天崎だ。その横に倒れ伏しているのは天田か?
広場には外から内へ向かう足跡が一筋残っているだけで、他に何の痕跡も残っていなかった。
徳之島は広場に入って、天崎の横に並んだ。天田ヒロミは胸にナイフを刺されて完全に死んでいた。
しばらくして、朝日昇が広場にやって来た。
何か異変があったようだ。広場の真ん中に立っているのは、天崎と徳之島だ。広場には外から内に向かう二筋の足跡しか残っていない。
朝日は足を速めた。二人の間に天田の死体が倒れていた。
「どうしたんだ?」
「雨が降り止んだのに、ヒロミが別荘に戻って来ないので、どうしたのかと思って広場に来た」
天崎が早口で説明する。
「ヒロミはまだここにいて、声をかけても反応がない。様子がおかしいので中に入った。肩に手をかけたらゆっくり前のめりに倒れた。胸にナイフが刺さっていた」
「天田は自殺したのか?」
「まだ息があって、そう僕に告げて死んだ」
そこへ、村田一美がやって来た。
広場の真ん中に、天崎、徳之島、朝日の三人が立っていた。地面に横たわっているのは、天田だろうか?広場には外から内に向かう三筋の足跡しか残っていなくて、他には何の痕跡もなかった。
村田は広場に入ろうとして、朝日に止められた。
「これ以上現場を荒らさない方がいい。警察に連絡してくれないか」
時間は三時十分になっていた。
警察がやって来て、捜査を始めた。
天田ヒロミの死因は胸に刺さったナイフで、死亡推定時刻は三時を挟んで前後十五分の間である。傷口にはナイフで刺した後にこじた跡があり、人の手で刺したのは間違いない。 広場に残った足跡は、警察到着時点で、天崎、徳之島、朝日が往復した合計六筋しかなく、怪しい痕跡はなかった。全て別荘備えつけのサンダルだった。また広場には一旦つけた足跡を何らかの方法で消した痕跡なども全くなかった。
雨が降り止んだのが二時四十分だったから、これが殺人だとすると絶対に犯人の足跡が現場に残っていなければならない。
それが残っていないとなると、自殺だとしか考えられないのだが。
天崎は一人だけ警察に現場の広場に呼ばれた。
「君が犯人だね。状況は被害者の自殺を示唆するのだが、どうにもナイフに残った指紋が不自然なんだよ。まるで死後に犯人によって握らされたようにね。君が死体発見を装ってその時に刺し殺したのじゃないのかね?」
天崎は愕然とした。
「違う。ヒロミは自殺したんです。僕は犯人じゃない!」
天崎は隙をついて、諍屋の携帯に電話した。この窮状を説明して、知恵を借りなければならない。
しかし、諍屋の携帯はずっと圏外で、つながらなかった。
遠くで雉の鳴く声が聞こえた、ような気がした。
□解決編
遠くで雉の鳴く声が聞こえた、ような気がした。
雉の鳴く声?
天崎サカヤは、もしやと思って周りを見渡した。
しかし怪しい人影はどこにもない。と、その時、
「ゴボゴボゴボ…」
砂利道の中ほどにできていた水溜りが激しく泡立ち始めたではないかっ!
その泡を割って男の頭が現われ、見る見る内に水溜りの中から男の全身がせり上がってきた。その動きがあまりにスムーズであったので、水溜りの底に昇降装置が設置されていることが想像できた。
「覗くぞ覗くぞ。お前の人生覗くぞ。お前の心の闇を覗くぞ。水溜りの底からこそっと覗くぞ」
「あっ!貴様は覗き見探偵神主!何故こんなとこに?!」
「そんなことはどうでも宜しい。今から事件を解決しますから関係者を全員この場所に集めて下さい」
集まった。
神主は話を始めた。
「天崎は雨が降っているあいだに広場に行く。入れ替わりに天田も雨が降っているあいだに、別荘に行く。そこで天田はナイフで刺される。 傷ついたまま広場に行き、死ぬ。犯人は、天崎が天田とレインコートを交換する前に広場にやって来た徳之島。以上。推理終わり。じゃ」
と言って、神主は水溜りに足を踏み入れて、ブクブク沈み始めた。
天崎は頭を下げた。
「まいりました。見事な推理でした」
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
「まるで見ていたかのような話し方でしたね」
遠くで雉が、また鳴いた。
神主は小さく頷いた。
ポコンとひとつ大きな泡を残して、神主は水溜りに沈んで消えた。
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