2009年1月6日火曜日

第8回(2003.5.5~) テーマ:花の香り

「スパイス大作戦」吉本正
「魔界転生」保山宗明玉
「がんばれクリンクリン」池上宣久
「目はしがきいて賢い」長井正広





「スパイス大作戦」 吉本正


□問題編

カクタは大阪に着いたペタスから鞄を受け取った。
「ご苦労様。ペタスくん。」
カクタは鞄の南京錠を外した。
そして、鞄からスパイスをとりだし、ニヤリと笑って、ひとくち つまみ食いするやいなや、残りをルーにぶち込んだ。
部屋一杯に、芳しい南国の花の香りが広がっていった。

*************************

「困ったぞ。どうすれば、いいんだ。」
東京池袋のカレーの名店「キョク・シーン」の総料理長カジワラはひとりで悩んでいた。

この「キョク・シーン」は、今は亡き伝説の名コック「マース・オオヤマ」が一代で作り上げた人気カレー専門店だ。
宮本武蔵に傾倒し、カレー最強説を唱えたオオヤマは、日本のみならず全世界にフルコンタクト・カレーをひろめた。
現在、「キョク・シーン」のカレーの愛好者は全世界に数億人。
世界最大のカレー組織といえるだろう。

そのオオヤマもついに昨年大往生をとげた。
そしで、そのオオヤマの遺言はひとつだけあった....
それは..........

「幻のカレー 花の香り を 完成させること!!!!」
オオヤマの後継者であるカジワラはそう呟いた。

気の早い読者諸君は、カジワラが「幻のカレー 花の香り」が作れないので悩んでいると思うかもしれない。
速断は禁物。
見よ。カジワラの手元に開かれている日記を!!!!
そこには、墨の色も鮮やかに「幻のカレー 花の香り ただいま 完成せり」と書かれているではないか!!!!

では、カジワラの悩みとは????
「このスパイスを、どうやったらつまみ食いされずに、大阪に運ぶことができるんだ?」
カジワラの悩みはこれであった。

説明しよう。

カジワラはついに「幻のカレー 花の香り」を完成させた。
ポイントは、スパイスの調合法にあった。
これはカジワラしか作れない。
というより、作り方はカジワラだけの秘密にしておくつもりだった。

とにかく幻のカレーは完成した。
さっそく、世間にお披露目したいところだが、ひとつ問題があった。
「キョク・シーン」には大阪の天満に支店があった。
東京に勝るとも劣らぬ重要な拠点だ。
いや、現在ではマスコミに登場する回数は大阪店の方が多いといえるだろう。
大阪店の店長カクタはマスコミにひっぱりだこだ。
それほど重要な大阪店。
カジワラは大阪店のメニューにも、幻のカレーを登場させないわけにはいかなかった。

ここで困ったのである。
東京でカジワラの調合したスパイスを、大阪に運べば、大阪でも幻のカレーをつくることができる。
しかし、その輸送途中、誰かにつまみ食いされる可能性が大なのだ。
「料理の味は盗んでおぼえろ」が創始者マ-ス・オオヤマの口癖だった。
「キョク・シーン」の関係者はそれを叩きこまれている。
調合したスパイスが自分の手から離れたとたん、まわりはつまみぐいを目論む人間ばかりと言ってよい。
そして、やっかいなことに、このスパイスは空気を嫌う。ちょっとでも酸化すると味が変わってしまうのだ。
密閉さえしておけば、日もちはするのだが、いったん開封すると、すぐルーに入れないとアウトなのだ。
普通の方法では大阪まで開封されずに無事でいるとはとうてい思えない。
どうすればいいのだ。。。。。

「ん」
カジワラは、ある頑丈な鞄をみつめていた。
このがっしりした鞄は、その留め金に南京錠を何個もつけて、安全性を高めることができる。
「我、助かれリ!さっそくカクタに電話だ!」
カジワラの眼は歓喜に輝いていた。

そして。。。。。

「この鞄を大阪のカクタまで運んでくれ。こんな大事な仕事は、キョク・シーン外部の人間には頼めないんだ。」
カジワラは、マース・オオヤマ最後の内弟子ニコラス・ペタスに、南京錠のかかった鞄を手渡した。
この中に「あのスパイス」が入っているのだ。

東京から大阪への道中、ペタスはイライラしていた。
「つまみぐいしたい! でも、できない! 鍵がほしい!」
また、ペタスはいぶかった。
「この錠の鍵は、カジワラが持っていた。。。。カクタは鍵を持っていない。。。。。さっき携帯で東京に探りを入れたが、別便で鍵を送った形跡はない。。。。。どういうことだ。。。。」

大阪へ着いたペタスは、カクタにしぶしぶ鞄を手渡した。
「ご苦労様。ペタスくん。」
カクタは鞄を受け取った。
そして、その直後、ペタスはびっくりするのである。


□解決編

「ご苦労様。ペタスくん。」

カクタはこの後、驚くべきことを言い出した。
「君に頼みがある。この鞄をカジワラに渡してくれないか。」
なんと、カクタは、今もらったばかりの鞄を、中も開けずに再びペタスに手渡した。
そして、そこには、カジワラの錠の隣りにカクタの用意した南京錠がしっかりかかっていた。

ペタスは大体わかってきた。
ペタスはその鞄を東京のカジワラまで持っていった。
カジワラはニヤリと笑うと、カジワラが掛けた南京錠を外した。
そして、ぐいと鞄を突き出した。
「大阪へ。」

「南無三!」
ペタスにはありありと見えた。
ペタスが再びカクタにこの鞄を手渡す光景が。
カクタが、カクタの掛けた南京錠を外す姿が。
カクタが鞄からスパイスをとりだし、ニヤリと笑って、ひとくち つまみ食いするやいなや、残りをルーにぶち込む様が。




 
「魔界転生」 保山宗明玉


□問題編

 21世紀をこの目で見ることができるなんて考えてもいなかった。
 21世紀なんて遠い未来のことだと思っていたのだ。
 ましてや、50年前に死んだ身としてはなおさらだ。

 私はこの転生センターで甦った。
 部分的な記憶喪失で名前を思い出せなかったが、このセンターで「サム・ライミ」という名前をもらった。同名の映画監督に似ているのだそうだ。 私はどこから見てもれっきとした「外人」だが、日本語も充分使いこなせる。前世は、日本で育った外人だったに違いない。
 このセンターで甦ったメンバーはあと4人いた。
 戦国時代の剣豪、塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)。現代を勉強するためか、四六時中ヘッドホンステレオで何かを聞いている。
 安土桃山時代のびっこの茶人、狩野宗逸(かのう・そういつ)。
 その実弟で難聴の絵師、狩野香逸(かのう・こういつ)。
 平安時代の女性、木蓮(もくれん)。彼女の身体からはいつもかぐわしい木蓮の香りがしていた。いつも着ている紫色の十二単風の着物に香をたきこめているだけでなく、体臭も木蓮の匂いがしているのだそうだ。 彼女の着物は、転生以後に大ファンになったという東京スカパラダイスオーケストラのアルバムジャケットを模様として染め抜いてある。
 着物と言えば、塚原卜伝は紅の狩衣をつけているし、狩野兄弟は紺の作務衣(背中に「むざんやな かぶとのしたの きりぎりす」とプリントしてある)。 転生した5人の中で、洋服を着ているのは私だけだ。もっとも、我々を甦らせ、リハビリと研究を担当している常駐の馬井医師(典型的な日本人なのに、ブッシュという名で呼ばれていた)、そして昨日から来客として泊まっている医者、比嘉は白衣を着用しているが。

 事件のことを記そう。
 その日、午後11時、私はセンターの自室にいた。
 窓をあけていると、庭に咲き誇っている木蓮の香りが部屋の中でもほんのりと香ってくる。夜風は身体によくない。水色のパジャマだけでは少し肌寒かった。
 窓をしめたとたん、隣室から叫び声がした。
 私はあわててドアを開けて外に出た。廊下は薄暗く、隣室の比嘉の部屋の前に誰かが立っているのが見えた。 それが誰なのか判別する前に、私は足をすべらせて頭を打ち、不覚にも気絶してしまった。
 1分間も気絶していなかったようだ。私はブッシュ医師に揺り起こされていた。
「しっかりしなさい。あの大声の叫びは、あなたですか?」
「いいえ、比嘉さんの部屋からです」
 ブッシュ医師の横にいた塚原と共に比嘉の部屋のドアを開けた。
 部屋の中で比嘉が刀で斬られて倒れていた。まだ生きているようだ。
 比嘉は助け起こした私の顔を見ながら、何かを伝えたそうにしていた。何かを書き残すつもりか、人さし指を宙に舞わせたが、腕を支える力が尽きたらしく、腕をだらりと床に落とした。 そして、私に向かってたどたどしく言った。
「行ってよし」
 何のことだかわからず、けげんな顔をしている私に、比嘉は最後の力をふりしぼってメッセージを残してくれた。
「犯人は死んだ」
 比嘉は息絶えた。ブッシュ医師が聞いた。
「今、何と言ったのですか」
「犯人は死者だと言い残しました」
 開いたドアには、遅ればせながら駆け付けた狩野兄弟と木蓮の姿が見えた。木蓮の香りが部屋の中にまで入ってきた。
 比嘉の部屋には、夜食のために持ち込んだと思しきヨーグルト、甘茶、しそアメと、ティッシュ1箱があるきりで、凶器らしきものは無かった。
 ブッシュ医師は説明した。
「転生した者は生死についてのモラルが抑制できず、平気で人を殺してしまう場合があるらしい。比嘉医師は理由もなく殺されたのだ」
 ブッシュ医師は塚原の方をジロリと見た。
 たしかに、塚原が腰にさしている刀は、最も怪しい凶器ではないか。
 塚原もことさら自己弁護する気もないようだ。
 しかし、私は犯人は塚原ではないような気がしてならなかった。
 ブッシュは塚原をしっかり見据えて言った。
「私が叫び声を聞いて比嘉医師の部屋に駆け付けたとき、廊下には昏倒しているサムと、立っている塚原氏がいました。今から考えると、おかしな情景でした。 なぜなら、塚原氏は今も、ほら、ヘッドホンステレオで何かを聞いているのです。叫び声が聞こえるはずがないのです。 それなのに、彼が比嘉医師の部屋の前にいたのは何故なんでしょうか」
 ブッシュは塚原を指差した。
「犯人は塚原さん、あなたですね。比嘉医師は死ぬ直前に人さし指を立てて犯人を示そうとしました。誰かを指差すつもりかと思いました。 もしそうであれば、犯人は私とサム、塚原氏3人のうちの誰かだということになります」
 私は犯人ではない。おのずから犯人は絞り込まれた。
「しかし、比嘉医師は誰かを指さす力も残っていなかったようです。そのとき、私はわかりました。比嘉医師は人さし指をたてて、『1』をあらわそうとしたのだと。 塚原卜伝と言えば、『一の太刀』です。比嘉医師は塚原氏を告発しようとしたのです」
 塚原はブッシュの言葉が終わると、ヘッドホンをはずして言った。
「あなた、ヘッドホンステレオで音楽を聞いたことがありますか?」
 ブッシュはなぜか、顔を赤くした。


□解決編

 今まで黙っていた木蓮が指摘した。
「ヘッドホンステレオで音楽を聞いていても、よほどの大音量で聞いていないかぎり、外の音は聞こえるし、会話も普通にできます。 塚原さんが叫び声を聞くのは充分可能です。それに、比嘉さんは死ぬ前にちゃんとしゃべっているのですから、『一の太刀』をあらわすために、無理な力を使う必要などなく、口で言えばいいのです。 比嘉さんはそんなことを示したのではありません」
 木蓮がしゃべるたびに、かぐわしい木蓮の香りがただよってきた。
「サムさん、比嘉さんが死ぬ前に言ったのは、何でしたっけ」
 私は説明した。
 木蓮は納得したようにうなずいて、言った。
「それでわかりました。犯人は塚原さんに間違いありません」
 攻守一転して、今度はブッシュが木蓮に言いつのった。
「じゃあ、なぜ、比嘉医師は塚原を指ささなかったんだ」
「それだけの力が残っていなかった、というのはブッシュさん、あなたが言いましたよ」
「でも、犯人はおまえだ、とでも言えばわかったんじゃないか」
「犯人は、ウマイだ、とですか?」
「ウマイは私の名前だ。おまえ、と言えば」
「比嘉さんは『おまえ』という言葉をもしも『馬井』と聞き違えられたら、ブッシュさんに容疑がかかると思って、『おまえ』という言葉を使えなかったのです」
「じゃあ、犯人はこいつだ、と言えば」
「香逸さんのことだと思われます」
「犯人はそいつだ、と言えば」
「宗逸さんだと思われます」
「指さす必要もないぞ。犯人は塚原だと言えばな」
「私が犯人だとでも言うのですか。犯人はスカパラだなんて」
「ツカハラと言ったんだ!スカパラじゃない!じゃあ、ストレートに『卜伝』と言えばいい」
「比嘉さんは花粉症でした。『ボクデン』という声は、鼻が詰まった状態で『モクレン』と言ったのと区別がつきません。ツカハラボクデンなんて言えばスカパラ木蓮で、完全に私をさす言葉になってしまいます」
「よし、わかった。犯人は侍。これでどうだ」
「サム・ライミさんのことだと思われます」
「犯人は武士だ、では」
「犯人はブッシュだ、と聞かれるおそれがあります。比嘉さんは、少しでも他の人をあらわしてしまいそうな表現をとりたくなかったのです」
「じゃあ、犯人は剣豪。これなら誰ともかぶらないぞ」
「そうです。比嘉さんはそう言い残しました」
「なに?」
「比嘉さんは、剣豪と言い残しました。でも、サムさんはそれを英語だと勘違いしました。サムさんは見た目は外人なので、日本語をしゃべれるとわかっていても、英語で話しかけられることも不思議ではなかったのです。 『ケンゴー』は『can go』訳すと『行ってよし』になります」
 私は驚いた。あれは英語ではなく、れっきとした日本語だったのか。
「比嘉さんは、自分の言葉がサムさんに伝わっていないことを察し、違う言葉で犯人が塚原さんだということを言い残そうとしました。それは、衣服の色です。 比嘉さんは、犯人は赤い服を着ている、と言おうとしました」
「しかし、そんなふうには言ってないぞ」
「比嘉さんは、サムさんに、今度は英語を使ったのです。ただし、赤色をあらわす『red』という単語は、花粉症で鼻がつまっていたため、『dead』と聞こえてしまいました」
 デッドではなく、レッドだったのか。
 塚原はうんうんとうなずいた。
「なるほど、そういうことだったのか。なぜ、素直に私の名を告げぬのか解せなかったが、これで氷解しました」
 私には一つわからないことがあった。
「ところで、なぜ塚原さんは比嘉さんを斬り殺したのですか」
 塚原は、ことの次第を語ってくれた。
 その話に、われわれ一堂は驚愕した。
 しかし、それはここでは言わぬが花であろう。




 
「がんばれクリンクリン」 池上宣久


□問題編

 花の香りに囲まれて、俺は途惑っていた。間違いなく男は花屋の中を縦横無尽に歩きまくっていた。花の陳列棚の裏側にまで入りこんでいる。 何の意味があってこんな歩き方をしたのだろう?

 俺の名前は、クリンクリン。某研究機関で品種改良されたスピッツで、人間並の頭脳を持つ。弟のグリングリンは体格の方の品種改良で、どこかのお金持ちに買い取られていった。
 今夜は俺が刑事犬になるための最終試験だった。
 場所は警察署近くの小さな商店街。そこに残っているある男の匂いを追いかけることによって、男の行動を読み取りその目的を推理するというのが、試験の内容だ。
 時間は夜の十時になるが、全ての照明はつけられ、店舗は開いている。商店街は昨日今日と二日続きのイベントで通常営業をしていなかったらしく、警察が無理を言って俺の試験のために場所の提供を受けたということだ。 店の人は誰もいなかったが、俺のまわりを、試験官と数人の警官が囲んでいた。
 商店街のほぼ真ん中がスタート地点だった。男の持ち物だというハンカチを嗅がされ、試験は始まった。男は今日の朝から夕方にかけての時間帯に商店街を歩いたらしい。
 すぐに俺は男の匂いを捕捉して、追跡を開始した。商店街は東西に伸びていて、臭跡は西に向かっていた。匂いはかなり濃厚に残っている。 男は恐らく歩いている。それもかなりゆっくりだ。
 臭跡は、商店街のアーケードが切れる手前二十メートルほどのところでUターンした。今辿ってきた臭跡と並行して商店街を戻っていく。
 臭跡はスタート地点と折り返しの地点を行って戻って行って戻って、結局四往復した。
 男は何かを歩測していたのだろうか?
 しかし、男は決してまっすぐ進んではいなくて、かなり長い間同じ場所に留まっていたり、後戻りしたり、小刻みに左右に蛇行したりしていた。
 それとも、どれかの店の様子をうかがっていたのだろうか?
 注目すべきは、往復の臭跡は全く同じコースを辿るのではなく、一回折り返すごとに徐々に南側の店舗の方に近寄っている点である。ということは、南側の店が鍵か?
 商店街の長さは約百メートルで、四十軒ほどの店舗がある。
 南側には東から、不動産屋、家具屋、化粧品屋、喫茶店、玩具店、オランダ料理店、花屋、写真屋、薬屋、マクドナルド、弁当屋、美容室、クリーニング屋、宝石屋、ジャマイカ料理店、ガスショップ、100円ショップ、コンビニ、カメラ屋、スポーツ店と並び、 北側には東から、パン屋、服屋、文具屋、民家、煙草屋、酒屋、中華料理屋、スーパー、金物屋、本屋、眼鏡屋、時計屋、靴屋、マンション、八百屋、肉屋、散髪屋、果物屋、電気屋、お菓子屋と並んでいる。
 四往復を終えた臭跡は、スタート地点でUターンせずそのまま直進して東に向かい、突然南に折れ曲がった。
 向かった先が、花屋だった。商店街の会長の店だ。そこで俺は途惑ったのである。臭跡は店舗に入って、ほぼ壁沿いを移動していくのである。そこにはたくさんの花が陳列されている。男はその花の鉢と鉢の間をぬうようにして歩んでいた。 歩くのに足元の鉢が邪魔だろうから、横に動かして後で戻した痕跡も残っていた。
 花屋を後にした臭跡が次に向かったのは、三軒隣りの喫茶店だった。商店街の副会長の店だ。入り口を入った臭跡は、客席にではなく、まっすぐ厨房に向かい、何と洗い場を足がかりにしてカウンターを乗り越えた。 カウンター越しに店内に入った男は客席に座ることなく、外へ出て行く。
 俺は激しく混乱した。男の行動がまったく理解できなかった。
 訳の判らない行動はさらに続く。
 臭跡は、今度は喫茶店の向かいの、商店街唯一の民家に向かった。向かって左に玄関があり、右に窓がある。男は窓を開けて、そこから家の中に入ったようだ。 警官にキャンキャン鳴いてアピールして、窓の上に乗せてもらった。そこは居間のようで、奥の部屋から住人の老夫婦が心配そうに俺を見ていた。土足なので気がひけたが試験中なのだから仕方がない。 俺は軽く老夫婦に会釈して畳の間に降り立ち、臭跡を追った。
 玄関から出て行った臭跡は、今度は北側の店の前を通って西に向かっていく。
 スーパーに入る。すぐに二階に続くエスカレーターがあった。エスカレーターは止まっていて、臭跡は二階に上がってすぐに一階に下り、店を出て行った。 外に出てから俺は気になって店に引き返した。やはりそうだ。男が上がったのは下りのエスカレーターで、下りてきたのは上りのエスカレーターだった。
 外に出た臭跡が次に向かったのは、マンションだった。階段とエレベーターが並んでいたが、臭跡は階段を上がって行く。三階まで上がって、エレベーターで下りて来た。 エレベーターに乗っている間もじっとしていなかったようで、狭い箱の隅々にまで男の匂いがついていた。
 マンションを出た臭跡はさらに西に向かう。最初に四往復した折り返し地点も通り過ぎ、商店街の西の端にまで辿った先に、試験官の一人が立っていた。
「クリンクリン。ご苦労だった。試験はここまでだ。男の行動が理解できたかね?」
 俺は脳漿が涸れ尽くさんばかりに考えた。

 試験官は俺を警察署に連れ帰った。
 ある部屋に案内されると、そこはガラスで二分されていて、ガラスの向こうに胸に番号を書いた札をつけた四人の男が立っていた。
 1番の男は、小錦だった。2番はモハメッド・アリで、3番は乙武君で、4番はタモリさんだった。
「問題の男は、彼ら四人の中にいる」
 試験官は言った。
 ガラス越しなので、男たちの匂いを嗅ぎ取ることはできなかった。
「1番だと考えるなら一回だけ吠えなさい。2番なら二回だ。分かったね」
 俺はコクンとうなづいた。考えは決まっていた。
「では、答は?!」
 試験官は指し棒でガラスを二回叩いた。

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

 問題編投稿2003年05月12日(月) 23時43分時点では、ここで問題編は終わっていたのですが、No.1188「難問」で、あっさり保山さんに犯人を当てられてしまいました。
 男の行動原理こそが解明すべき問題ですので、本来の問題編は、試験官がクリンクリンに、「男の行動が理解できたかね?」と尋ねるところで終わりです。 それ以降の文章は元から継ぎ足しなのでした。
 2003年05月13日(火) 22時00分に、以下の文章を継ぎ足しました。一時の座興としてお楽しみ下さい。

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

 俺は四回吠えた。
「正解だ。クリンクリン」
 検査官がそう言ったので、合格かと喜んだが、そんなに甘くはなかった。
「恐らく君は他の三人ではあり得ないという消去法によってタモリが犯人だと導いたのだね」
 図星である。
「では試験の第二段階だ」
 試験官はガラスの向こうに合図を送った。そうすると、四人は奥のドアから出て行き、別の四人が入って来た。やはり胸に番号札をつけていた。
「問題の男は、彼ら四人の中にいる」
 試験官の言葉に驚いて、その顔を見上げた。
「まさか君はあんな有名人が協力してくれていたと本気で思っていたのかい。彼らはみなそっくりさんだよ」
 そうか、最近は乙武君のそっくりさんまでいるんだ…。
「1番は安孫子正浩さんだ。2番は辻本真孝さん、3番は保山宗明玉さん、4番は池上宣久さんだ」
 俺は、「Q.E.D」の大ファンである。「The Tragedy of M」での推理合戦の様子はつぶさに見ていたし、ホームページも頻繁に覗いていたので、四人の性格は把握しているつもりだった。
 つまり「試験の第二段階」とは、性格判断なのだ。男の行動原理を考えた時、誰の性格がその原理にそぐうのか、という…。
「1番だと考えるなら一回だけ吠えなさい。2番なら二回だ。分かったね」
 試験官は同じ説明を繰り返した。俺の考えは決まっていた。
「では、答は?!」
 試験官は指し棒でガラスを二回叩いた。

◎参考
安孫子正浩さん→http://www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/9924/
辻本真孝さん→http://www.geocities.jp/msnr0810/
保山宗明玉さん→http://homepage3.nifty.com/hozan/


□解決編

 久し振りにグリングリンが研究所に帰って来た。
「わーい。クリンクリン兄ちゃん」
 グリングリンが地響き立てて迫ってきたので、俺は逃げた。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
「こらグリングリン。危ないからやめなさいって。じゃれつくんじゃない。こら死ぬじゃないか」
「だって久し振りなんだもの」
「だってじゃない。いつまでも子供なんだから。この前も雪山で遭難しかけたところだろ。少しは落ち着きなさい」
「カリンカリン姉ちゃんは、今日は帰って来ないの」
「ああ、日本海溝の潮の流れが速くて海面に上がって来れないらしい」
「それはそうと兄ちゃん聞いたよ。刑事犬昇格おめでとう」
「ありがとう」
「でも最終試験ってとても難しいんでしょ」
「ああ、難しかった」
 俺はグリングリンに試験の内容を説明した。

 男の謎の行動は俺を激しく困惑させたが、謎を解くきっかけは、スーパーのエスカレーターだった。
 ここにもまた男の臭跡は濃厚に残っていた。それは、ゆっくり上ったということだ。でももしその時エスカレーターが動いていたなら、男は一段たりとも上がって行けないし、また下ってもいけない。 ということはエスカレーターは停まっていたのだ。
 そう考えると下りのエスカレーターを上がって行き、上りを下って行った謎の行動の説明はつく。
 エスカレーターは停まっていた。その日はイベントで終日店舗は休んでいたらしいから、それはそうなのだろう。でも、スーパーの入り口は開いていた。
 男の行動で不可解なことを羅列してみた。男は花屋の陳列台の間を練り歩いた。男は喫茶店の厨房からカウンターを越えた。男は民家の窓から侵入した。 真っ昼間の出来事である。どうして男は人に停められなかったのだろう?逃げたのではないと分かるのは、すべての臭跡がゆっくりした歩みのものであったからだ。 商店街に人は誰もいなかったのだろうか?そんなことはない。この日イベントをしていたのだから、人がいなかったはずがないし、スーパーも喫茶店も花屋も入り口を開いていたのだ。 男は人々の注視の中を、誰にも邪魔されずすべての行動を成したということだ。
 最も不可解なのは、その全ての行程にほぼ六時間をかけているということ。朝十時から夕方四時まで。それは、商店街が行なったイベントの時間帯にピッタリ合致するような気がした。
 それらを考え合わせた時、頭に浮かんだのは、男こそがイベントの中心人物ではなかったか、という発想だった。商店街自体が男の行動に協力している気がした。
 では男は何をしたのか?
 とってもゆっくりした移動。色々な建物への出入り。ようやく気がついた動きの法則性があった。男はすべて右から入って左から出ていたのだ。 喫茶店は店に向かって右側に厨房があり客席は左側で、エスカレーターは右が下りで左が上りで、マンションでは右に階段があってエレベーターは左なのだった。男は大雑把に言うと商店街を右回りに移動していた。 そのため男の臭跡は交差することがなかった。男は歩いていたのだからもとより動きは一筆書きである。
 イベントと考えて、以前に見たテレビ番組を思い出した。「商店街対抗ドミノ合戦」というタイトルの特番だった。二つの商店街がそれぞれの商店街を舞台にドミノを並べて、どちらが多くを倒すのかを競うのだ。
 ドミノ倒しだ!

「へえ、やっぱり兄ちゃんはすごいや」
「ギネスに挑戦という地元ケーブルテレビの企画だったらしい。ギネス記録は四百万個に近づいてるからこれの更新は無理だけど、単独六時間限定記録で、とりあえず申請してみて通ったら儲けものという安易な企画だ」
「で、結局成功したの?」
「もとからイベントとして駄目だったみたいだ。よく高校生が夏休みを利用して力を合わせてドミノ作るテレビ番組があって、その間に涙あり友情ありで、結構視聴率取るのだけど、あれは編集してるから見れるのであって、全作業をライブで見せられてもなあ。 恐ろしく退屈なイベントになったらしい」
「花屋やスーパーに出入りするのが見せ場なんだね。でも喫茶店のカウンターや民家の窓をドミノが乗り越えるのはどうしたの?」
「それは階段状の台をあらかじめ用意していたのさ。男はその上にドミノを並べて行った。そんな設営に前日に時間をかけていたんだ。前夜祭的なイベントも行なったらしいけどね」
「でもギネスに載ったらいいね」
「駄目だろうな。最初のドミノの一押しを商店街の会長がするのだけど、その前に挨拶する時にうっかりマイクを倒してしまったんだって。 それで、ドミノが倒れ始めてしまって、慌てて停めて、時間がないからみんなで修復して、それであらためてスタートしたのだけど、途中で停まりまくったらしい。 それは男の責任ではなくて並べ直した人がミスをしたのだ本来なら倒れていたはずだと言い訳をして、指で倒して最後までドミノを倒し切りはしたみたいだけどね。それでギネスはきついよ」
「そうか。残念だったね。あ、それで結局誰が犯人なの?」
「それの絞り込みは簡単だった。ことはドミノだからね。まず池上には絶対に無理だね。掲示板上での二重投稿や、誤字脱字の多さから自然と醸し出される粗忽な性格からして、間違いなく細かいミスを連発の末、ドミノは十メートルも続かないだろう。 次に保山さんも該当しない。あの人が並べるなら恐らく人間の干物、ミイラとかとんでもないものを並べるはずだ。あんな凡庸なドミノであるはずがない。 また、安孫子さんはデートで忙しいからドミノを並べる時間はない。したがって、男は辻本さんだね。QEDの管理人振りや掲示板の書き込みなどに我慢強い誠実さを窺うことができる」
「すごいすごい。兄ちゃんはすごいや」
 グリングリンは嬉しくなって、俺のまわりを走り出した。
「すごいすごい。兄ちゃんまるで諍屋さんみたいだ」
 グリングリンは突然止まった。
「あれ?諍屋さん?」
 と、首を捻る。
「どうしたんだグリングリン?諍屋さんというのは、たしかお前の飼い主の友達じゃなかったか?」
「ああっ!」
「どうしたんんだ?大きな声だして」
「思い出した。諍屋さん、雪山に置き去りのままだ!」




 
「目はしがきいて賢い」 長井正広


□問題編

「眼球がしょぼしょぼして、かなわないな・・・」
 満干全席は招待客の一人、花野愛子(薬剤師)から目薬を受け取って、さっさと寝室へ向かった。かつてない実験料理の宴のピンチとなった。 満干全席は何とか料理を完成したものの肝心の料理人がダウンしてしまったのだ。
 今回のテーマは「花の香り」で、満干全席は花づくしの料理とともに花の香り1号(甘くていい香り)・2号(ふんわかいい香り)を生み出していた。 しかし、その香りのせいで目から涙が止まらなくなったのだ。
 食卓には花づくしの料理、菜の花の姿煮・タンポポの活造り・天津飯のチューリップ添えが並んでいた。
「あら、いい香り!」 花野が声を上げる。
「私にはまるで匂いません・・・」 花山大吉(素浪人)がつまらなさそうにつぶやく。「いや、皆が主張しあうすごい匂いだ」 花田おさる(スポーツ冒険家)がためいきをつく。
「そういわず、さあ」 給仕に残っていた三番弟子、満干半席が皆にとりわける。

 食事が終わりかけた頃、厨房から半席がすっとんきょうな声を上げて出てきた。
「1号を料理に入れてしまっている! 香りを発散させるまで時間がかかるから、先生もわからなかったんだ。だから、こんなに香りがすごいんだ。皆さんも気をつけてください。 先生が2号がもし、混ざると、えげつない香りになる、とつぶやいているのを聞いたことがあります」 半席は急いで厨房を見渡す。
「2号は・・・、あっ、少しなくなっている」
「厨房に入る機会はみんなあったけれど、私じゃないわよ」 花野がいう。
「いくら、冒険家でも、香りは願い下げだよ」 タンポポの種をあちこちに飛ばしながら、花田が地団太を踏む。
「私が見に行ってあげますよ」 花山がさっさと満干全席の寝室に向かってしまった。その間、2号の香りの液体の行方を探したが、どこにも見つからなかった。
 しばらくして、全席さんは眠っていて、起きそうにありません、と花山が帰ってきて話した。半席は寝室に向かいかけたが、やめた。
「先生は途中で起こされると、怒り狂いますから・・・。この2号の瓶は私が預かっておきましょう」
 結局、何もわからずじまいで、夜は更けていった。一人をのぞいた、皆がえげつない匂いに包まれた自分に恐怖を覚えながら眠った。

 翌朝、うぎゃ、という満干全席の叫びで皆が起こされた。ナイトキャップにネグりジェ姿、おまけに口の周りにタンポポの種をつけた満干全席が寝室から現れた。 その顔からはえげつない香りが漂っていた。誰かに2号を入れられたのか。誰に?


□解決編「許して」

(注:掲示板への書き込みを引用しています)
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投稿日 : 2003年05月16日 22時19分
投稿者 : 保山宗明玉
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タイトル : 推理一番のり?
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花野愛子は満干全席の2号さんだった。
花野の目薬によって、全席の身体には、「2号の成分」が注入されたということだ。
花野は目はしがきいて賢い、いわゆる「目から鼻にぬける」タイプだったので、2号成分が目薬として目から入り、鼻にぬけてエゲツナイ臭いになったのだ。
タンポポの種を口のまわりにつけていたのは、2号でパイパンの花野が自らの陰部にタンポポの種をいっぱいつけて、カツラがわりにしていたのを、全席がクンニリングスして、口の周囲についたもの。

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投稿日 : 2003年05月19日 02時45分
投稿者 : 保山宗明玉
Eメール :
タイトル : 猫嫌い
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酒が好きで鼻がきかない、花山大吉が自分のもっているひょうたんに2号を入れていた。
ナイトキャップとして全席は花山と酒を飲み、2号を口にすることになった。
花山も1号と2号を摂取しているので、えらい臭いになるはずだが、花山は鼻がきかないし、おまけに効果がスロー人なのだ。

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 ・・・溶暗。スポットライト。厨房の中央にいつもの神主がいつものようにたたずんでいる。神主がいつもの口調でささやくようにいつものせりふ。「この世には・・・」

「さて、すでに保山氏が解答しているようですが、あらためて神主の私の方から、一言。登場人物たちの満干全席への関わり方ですが、まず花野愛は目薬を渡しました。 次に花山大吉は眠っているかどうか、確かめました。花田おさるはタンポポの種を飛ばしています。半席は2号を持ち去りました。そして、この日の行動ですが・・・」
 ふたたび、溶暗後に照明。花野が中央で目薬に液体を注いでいる。言うまでもなく、2号である。神主は袖から一部始終を観察している。
「かんたんに厨房に入れますが、花野の行動に気づくものはいませんでした。もちろん、私をのぞいて・・・」
 やがて、しょぼしょぼして、困り果てている満干全席のシーンが挿入され、問題編のシーンへとつづく。
「では、満干全席の寝室へ移りましょう」
 満干全席のいびき。とても、何回も殺される男とは思えない、寝姿。
「花山は匂えないので、すでにかすかにえげつない匂いが漂っているにもかかわらず、わかりません」
 鼻をつまんで、いやいやしながら神主が話す。
「花山はいたずらのつもりか、種を満干全席にくっつけました。匂えない者にしか、こんなまねはできません。・・・こらっ、早く出て行きなさい!」
 神主に叱責されて、すごすごと出て行く花山。
 溶暗後、いつのまにか問題編の朝のシーンへ。
「満干全席のこの姿で問題編は終わりです。保山氏の解答に付け加えるものはないようです・・・」
 神主がひとつため息をつく。
「作者はわからないだろうなって、思って問題編につけたタイトルまで、当てられて次の問題編は八月まで書けない、と肩を落としていましたから。そう、目から鼻に抜ける、の通りです。 だから、オチは顔の辺りで匂っていたのは、まさに鼻で匂っていた、つまりテーマ「花の香り」は「鼻の香り」だったというわけです」
 神主はゆっくりと後方へあとずさっていく。ライトの焦点がしだいに神主の顔へ。神主は顔の端へ手をかける。ずずっと、顔をめくる。そこには・・・、*****が。

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