2009年1月5日月曜日

第5回(2003.2.10~) テーマ:首

「童顔連盟」保山宗明玉
「鎧伝説殺人事件」辻本真孝
「満干全席は二度死ぬ」長井正広
「レイン」abiko masahiro
「テリーの馬鹿」ジュニア
「首なし妊婦」池上宣久





「童顔連盟」 保山宗明玉


□問題編

 正体不明の人物からの5泊6日の招待を受け、人里離れた神隠館に4人の客が集まった。
「ようこそ。プレゼントにチョーカーを差し上げます」
 主人は自らも首に巻いている、釣針を並べた形のチョーカーを4人に配った。釣針は平仮名の「つ」の字にも見える。
「ありがとうございます。私からもプレゼントがあります。これはわが校の走り幅跳び同好会で作ったグッズの作務衣ですが、どうぞ」
 走り幅跳び学生チャンピオンの諍谷(そうや)が主人に紺色の作務衣を渡した。主人は早速、その作務衣を羽織った。 背中に達筆で「むざんやな かぶとのしたの きりぎりす」と書いてある。
「ところで、我々をここにお招きいただいた理由とは何だったのですか」
 と、警察学校に入学を決めたばかりの箱先(はこざき)は言った。4人の客はここに集まるまで、いっさい面識がなかったのだ。
「4人の共通点、というと、ご主人も含めて全員が童顔だということでしょうか」
 と、若くして中国料理長に就任した満岸全席(まんがんぜんせき)は言った。確かに、ここに集まった5人は全員が異常な程の童顔の持ち主ばかりだ。
「つまり、童顔連盟、というわけですか」
 と、骨董品店見習いの木地凱(きじ・がい)が言った。留守中に店で何かが起こっているかもしれないが、見習いだし、まあいいか、と思いながら。
「みなさんが童顔なのは、偶然です。私自身も驚いています」
 と、主人は答えてから、全員がテーブルについたのを確認して、しゃべりはじめた。
「この館は2年前に起きた殺人事件の現場を模して作った建物です。その事件では、小座成夫(おざ・なりお)という男が頭を割られ、顔を真っ赤に血に染めた状態で殺されました。 犯行は時限錠のついた防音室の中で行われ、朝まで時間があったせいでしょうか、犯人は部屋の中にあった電動ノコギリで、首を切断までしていました。 奇妙なことに、頭部と胴体をつなぐ首の部分を犯人は切断して持ち去っていました。胴体はセーターに被害者の頭文字が大きく編み込まれていたこと等で、確実に本人のものと判明しています。 首は死後に切られており、なぜ首の部分を切って持ち去ったのかが謎としてあげられました。被害者は首に矢を何本も列ねた柄のタトゥーを入れており、その矢のタトゥーに意味があるのではないか、と取り沙汰されました。 そこに名探偵を自称する男があらわれ、自己顕示欲の強い千野(ちの)という隣人の男を犯人だと警察に告げました。 千野は逮捕され、裁判にかけられましたが、証拠不十分で釈放されました。千野は犯人ではなかったのです。千野は誰がどんな推理によって自分を告発したのか、全く知りません。 しかし、真犯人が別にいる以上、その名探偵さんに再登場いただいて、推理の経緯を聞き、あらためて真相を見抜いてほしい、と千野は思いました。 その名探偵が誰なのか、警察も教えてくれなかったので、千野は懸命に調べ、ついに4人にまで絞り込みました。ここにお集りの皆さんがその4人。 はじめまして。私はその千野本人です」
 千野は自分を犯人に仕立て上げた名探偵をつきとめようとしていたのだ。

 事件はその夜、かつての事件を再現するかのように起こった。
 千野が腹を裂かれて殺されていたのだ。はみでた腸が死体の両足のあいだから見えている。現場は時限錠つき防音室。 首が電動ノコギリで切断され、釣針のチョーカーもろとも首の部分が持ち去られていた。諍谷が進呈した作務衣を着ている。
 この事件は2年前の殺人事件の犯人による犯行であることは間違いない。即ち、千野を犯人として告発した名探偵が両事件の犯人なのである。
「またしても、頭と胴体を残して、首の部分だけ取り去っているな。犯人はまさに殺人狂に違いない」
 と、木地が言った。木地はその後、こう続けた。
「私にはわかりましたよ」


□解決編

「2年前の殺人事件が今回の事件の発端になっています。説明しましょう」
 木地は述べはじめた。
「被害者は顔を血に染めていました。胴体には小座成夫の頭文字NOが入ったセーターを着ていました。名探偵の推理は次のとおり。犯人は自己顕示欲が強く、自分の犯行であることを死体を使って残しておいた。 頭部は「血」胴体は「NO」すなわち、「チノ」である。とね。この推理で隣人の千野に容疑がかかったのです。これは真犯人による濡れ衣工作でした。 千野氏は無罪釈放後、こんな館まで作って件の名探偵を執念深く探し出そうとしました。不可解なのは、ここで千野氏が殺害されたことです。 これは、千野氏の追求を煩わしく感じた名探偵によって起こされたことに違いありません。と、いうことは、名探偵は推理を誤ったのではなく、意識的に間違えたのです。 2年前小座氏を殺したのは、他ならぬその名探偵でした。2つの殺人事件は同一の犯人によって起こされたのです」
「語るに落ちるとは、このことですな」
 今まで静かに聞いていた満岸全席は、ふいにニヤリと笑い、木地に向かってしゃべりはじめた。
「2つの事件の犯人は確かに同一人物と思う。すると、犯人の考え方の癖、と言うのかな、発想も似たものになるはず。今回の千野氏殺しでは、犯人は2年前と同様の発想法で死体で署名をやってのけた。 前回は千野氏に容疑をなすりつけるのが目的だったが、今回こそはまさしく自分が犯人であることを示して、われら名探偵に挑戦状をたたきつけたんだ。 千野は極端な童顔だから、顔は「こども」つまり「子」をあらわしている。胴体の作務衣には俳句が書いてあり、腹からは腸がはみだしていた。つまり「子」「句」「腸」で「こくちょう」。 さて、日本の国鳥は何でしたかな、木地さん?」
 諍谷と箱先は顔を見合わせた。箱先はつぶやくように言った。
「まさに、語るに落ちるとは、このこと」
 木地は疲れたのか、ため息をついて言った。
「日本の国鳥はキジ。つまり、私の名前」
「あとは私が続けましょう」
 諍谷が言った。満岸全席と箱先はうなずいた。
「犯人は2つの殺人事件で、首の部分を切り取って持ち去っています。死体によって先の推理のように名前をあらわすのなら、切断するまでもありませんし、切ったとしても首の部分を取り去る意味がありません。 取り去られた首の部分が何をあらわしていたかが、真相に迫る方法だと思います。2年前の事件では小座は矢のタトゥーを首に刻んでいました。犯人は死体の状況を見て驚いたのでしょう。 『この死体そのものが自分を犯人として暗示するダイイングメッセージになっている!』というような具合。メッセージを消してしまうのは簡単です。 しかし犯人は死体の状況を一部変えることで、別の人物を犯人として告発できることに気付きました。犯人は首を切り取り、千野氏を犯人として示す罠のメッセージをねつ造しました。 これがまんまと成功したのです。今回の千野氏殺害も同様の筋道をたどりました。千野氏の死体の状況そのものが、偶然にも犯人を示すメッセージになっていたのです。 犯人は作務衣を脱がせたり、腸をおさめたりすればメッセージが消せることをわかっていましたが、2年前メッセージ改竄に成功している犯人はここでも同様の書き換え作業を行いました。 行動の癖が出たのです。今回は釣針型のチョーカーを取ればメッセージは書き換えられたのですが、2年前と同じ舞台設定であることを利用しようと、首ごと取り去りました。 では、首を取り去る前のメッセージを読み解いていきましょう。2年前、死体があらわしているかのように犯人が思い込んだのは、『血』『NO』ではなく、その間に矢のタトゥーが入った『血』『矢』『NO』でした。 『NO』という単語は日本語では『否』ですね。今回、犯人が死体に読み取ったメッセージは『子』『句』『腸』ではなく、首のチョーカーの形、平仮名の『つ』を含んだ『子』『つ』『句』『腸』でした。 犯人は2度に渡ってメッセージを改竄して別の人物に濡れ衣を着せましたが、同時に、2回も自らメッセージを残したに等しかったのです。 『チャイナ』『コック長』を自分自身をあらわす言葉だと思い込んだ犯人って、いったい誰のことなんでしょうねえ、満岸全席さん」




 
「鎧伝説殺人事件」 辻本真孝


□問題編

辺りは暗闇に包まれていた。
麻由美の持つハンドライトだけが唯一の明かりだった。
「まだ着かないの?」
舗装されていない道に不慣れなのか、歩きにくそうにしながら麻由美は言った。
「もうすぐだよ」
貴志は少し足を速めた。
「ちょっと待ってよ。ねえ、ホントにこんなとこに来てるの?」
「そう言ってたじゃないか。博之は神社に行くって。言い伝えが本当なのか確かめるって」
貴志は歩き続けた。
「だからって、ホントに夜中に行くことないじゃない。言い伝えなんてばかばかしい」
「恐くないの?」
「何も恐くなんかないわ」
麻由美は自分のことばに力を込めて言った。そのため貴志が急に立ち止まったことにすぐに気付かなかった。
「どうしたの?」
「なんだ、あれは?」
貴志が指し示した方向にライトを向けてみた。
社の前に鎧が立っていた。その横には刀が地面に突き刺さっていた。さらにその横の大きな岩の上には博之の首が乗っていた。
麻由美の悲鳴が響いた。博之の首がニヤリと笑った。

「安田博之さんの死体を発見したのは、浅倉麻由美さんと池本貴志さんなんですね」
現場に最初に駆け付けた平居巡査は、事件の関係者に事情を聴取していた。
「博之が神社の鎧を見に行くと言って出掛けたんですが、なかなか戻ってこなかったので麻由美と二人で探しに行ったんです。そしたら、博之の首が岩の上にあったんです」
「言い伝え通りに、鎧に首を切られてたんです」
麻由美の声は小さく、震えていた。
平居は神社の神主にも話を聞いた。
「そんな言い伝えがあるのですか?」
「ええ。鎧と刀は社に祭られているものなんですが、昔から夜中に社の扉を開けた者は鎧によって首を切り落とされると言われています。泥棒除けの迷信だと思っていたんですが」
「そうですね。鎧が動くなんて考えられませんよねぇ」
「でも、博之が殺されたじゃないですか」麻由美が平居に詰め寄った。
「・・・と言っても、鎧が犯人なわけないでしょう」
「じゃあなんで鎧があそこにあったんですか。他に誰か人がいたんですか。あたしたちが最初に見つけたんじゃないんですか。
ああ、なんだか思い出すだけでも恐いわ。博之の首を見つけた時、心臓が止まるかと思ったわ。それに笑ったようにも見えたし」
「博之さんの首が笑ったんですか?」平居は麻由美に確認した。
「・・・、笑ったように見えたんです。それで、あたし、意識を失ったんです。・・・少しだけですよ」
麻由美は貴志の顔を見た。
「ええ、すぐに意識は戻りました。それで二人で神主さんに助けを求めたわけです」
「そのあと神主さんが警察に連絡したわけですね」
平居は頭を抱えていた。そんな平居に神主が声をかけた。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」


□解決編

「じゃあ、神主さんには犯人が分かるんですか?」
平居巡査はすがるように訊いた。
「鎧が人を殺すなど有り得ないですよ」
「それはそうですが、じゃあ、一体誰が・・・」
「安田さんは悪戯のつもりだったんです。社から鎧と刀を出して並べておき、自分は岩の後ろに廻り首を出して二人が来るのを待っていた」
「二人を驚かそうと?」
「いえ、浅倉さんをです。池本さんは安田さんの協力者だったんです」
池本に視線が注がれた。
「池本さんは悪戯で終わらせるつもりは無かったようです」
神主は池本に向かい、続けた。
「浅倉さんが気を失ったのは、都合が良かったですね。まあ、そうでなければ人を呼びに行かせるとかしたんでしょう。
浅倉さんが気を失ってしまい、心配して出てきた安田さんをこの刀で斬った。即死じゃなかったのはかわいそうでしたね。それに、首を切り落とすのに手間取ったようですし。
刀を元の位置に戻し、安田さんの首を岩の上に置いて、そして浅倉さんを起こしたわけですね。
どんな恨みがあるのかは私には分かりかねますが、安田さんを殺したのは池本さん、あなたですね」
「恨みなんてありません」池本は答えた。
「僕は麻由美が好きなんです。博之も麻由美が好きなんです。それが許せなかったんです。それだけです」
平居は神主に促されて池本に手錠をかけた。

「まるで見ていたかのような話し方でしたね」
事件から数日後のある日、平居巡査は神主を訪ねていた。
昼間の境内は、夜とは違い不気味さはなかった。死体がないからだろうか。
雀が飛び交い、遠くで雉が鳴いた。
神主は小さく頷いた。




 
「満干全席は二度死ぬ」 長井正広


□問題編

 満干全席が海辺の高台に建つ、彼の別荘「干満楼」で年1回、日本全国から無作為に招待客を選び、実験創作料理をふるまう、満干全席フェスティバルが今年も開催された (あまりにも無作為に選んでしまうために赤ちゃんが選ばれたり、余命いくばくもない老人が選ばれたこともあった)。
 今回のテーマ「芸能人彩りの宴」の招待客は見城和夫二十五歳、鍼灸師、金城花子十六歳、家事手伝い、顎山巌六十歳、石材職人、田頭聡三十八歳、美術鑑定家の四人である。
「干満楼」へ招待客が三々五々集い、みんなが建物のつくりにようやく慣れた三日目に、いよいよ宴はスタートした。
 二十畳もある部屋の中央にまた、六畳はある円形テーブル、しかし給仕は満干がすべて取りしきるのだった。 遅れて着いた田頭に向かって満干は「今宵、芸能人の彩りの宴」のスタートです、と高らかに宣言した!だが、それは実験そのものだった。
 まずは赤井英和に捧げるケチャップ・タバスコたっぷりの関西風お好み焼き。「うぎゃ」田頭が叫び、顎山が顎をあぐあぐさせて抗議するのを無視し、満干はつづいて白木みのるに捧げる白カレーをテーブルにのせる。 一口食べた金城が「妙に赤いと思ったら、辛いし、今度はスープと思ったら、カレーじゃないの!」と叫ぶ。一人、不思議そうにスプーンを運んでいる田頭以外みんなびっくりした顔でたがいに見合わせている。 「うぎゃ」田頭の声で我に返った金城はカレーをお好み焼きの上に吐き出した。
 いつのまにか退散していた満干がまるでそ知らぬ振りで茶川一郎に捧げる抹茶を出した。「ようやくまともなものが出てきたか」見城に合わせて、全員が茶でうがいをした。 「さあ、デザートはうつみみどりに捧げる・・・」満干の声が終わるまでに見城がいちごに飛びついた。「ああ、甘味がほしかったんだ」「・・・緑いちごです」
「もう、まともなものを食べさせてよ!」金城がわめく中、ようやく宴は終わりを告げようとしていた。
「みなさん、さぞかし全身全霊で味わっていただけたことでしょう!」
 満干への大ブーイングの中、宴はあっけなく終わった。

 翌朝、寝室で血まみれの満干全席の首なし死体が発見された。そして、その後の捜索によって、四箇所の陥没箇所のある首が厨房の鍋の中から発見された。 当然のごとく、招待客たちが容疑者となった。撲殺によって殺害され、死後首は切断されたことが鑑定の結果、判明した。
・・・しかし、なにゆえ首なし・・・? 


□解決編「満干全席の驕り」

 満干全席は招待客たちを見て、またやってしまった、とつぶやいた。
 無作為に選び、とらわれることなく料理の意見を述べてもらおうという試みは今回も裏目に出た。 一方で、招待された美術鑑定家の田頭は日本刀や壷を持参、石材職人の顎山も返礼に携帯墓石を満干へ手渡した。客たちは宴の時間を待ちわびた。
 ・・・だが、ハンデを持った客たちが干満楼に慣れるには相応の時間が必要だった。
「芸能人の彩りの宴」当日、悲劇が起こった!満干の腕によりをかけた料理も客たちには絵に描いたもちかもしれなかった。
 まず、耳の遠い田頭には耳元で開催を宣言しなければならなかった。金城は嗅覚に問題があり、カレーすらも匂いではわからなかったし、顎山にいたっては、口がきけずにあぐあぐしているだけで、感想を表現できない。
 田頭は金城の大げさな騒ぎに気づかず、赤緑色盲の見城は緑イチゴを赤いふつうのイチゴと思ってしまう始末。
 満干は皮肉を込めて、全身全霊で味わうように、というのが精いっぱいだった。

 しかし、客たちには・・・。
 すべての感覚を満たしながら、下らない料理にうつつをぬかす満干を許せなくなっていた。四人は殺害を決意した!
 彼らは寝ている満干の頭部を携帯墓石で順に殴り、日本刀で田頭が首を切断、犯行を終えた。感覚を体から切り離し、料理人満干ではなくならせるために。 客たちは首そのものがうらめしく、憎かったのだった。
 満干は芸で身を滅ぼした・・・。そして次回・・・、問題編に満干全席は四度登場することができるのだろうか? 




 
「レイン」 abiko masahiro


□問題編

 佐脇は部屋に通されるなり、ポケットから煙草を取り出し口に咥えた。箱崎は来客用の 灰皿をテーブルの上に置いた。
「手短に話します」という佐脇に、そうしてください、と箱崎は頷いた。
「事件は先月末の金曜日、雨のひどい日でした。箱崎さん、いまK区の辺り、再開発で高 層マンションが立ち並んでるのをご存じですか」
 ええ、と促す。
「現場はそのなかの、伏せる必要もないですね、リバービュー・シオノというマンション の敷地内です。未明、14階建ての建物の駐車場に人が倒れているのを新聞配達員が発見、 一目で死体と判ったので通報。先程、電話で話した通りです、倒れていた男には首がなか った」
 雨は、と箱崎は訊ねた。「前日から降っていたんでしたっけ」
「前日、木曜日の夜9時頃から降り出しています。そのまま金曜日の午前中いっぱい。相 当量流れたとみられる路面の血はほぼ洗い流され、それゆえ殺害現場の特定が困難になっ ていました。死体もぐしょ濡れです」
ただ、と佐脇は煙草の煙りを吐き出す。
「死体は部屋着だった」
佐脇の言葉を箱崎は引き受けいった。
「そうです。被害者の身元はすぐに割れました。そのリバービュー・シオノの12階に住む 吉川秋広、38歳。死体が倒れていた現場のほぼ真上に部屋は位置します。転落して死んだ ようにも見えたでしょう」「首があれば」
「ええ」
 で、首は? と箱崎は訊ねる。
「発見されました」
「どこで」
「倒れていた現場から10メートル程離れたところに、住人が利用する駐輪場があります。 そこに」
「犬が咥えてそこまで運んでいったという可能性は?」
「なくはないでしょうねえ。いま調査中です」
佐脇は短くなった煙草を灰皿に潰した。箱崎は、しばらく考えていたふうだったが、質 問してください、と佐脇に促され口を開いた。「部屋の鍵は?」
「閉まっていました。ただこのマンションは最近のはどこでもそうらしいんですが、オー トロックなんです。犯人は部屋に入ることは出来ないんですが、出たあとでならいくらで も密室を構成出来るんです。吉川と面識のある犯人が部屋に入り、そこで殺害、死体を運 びだし、……ベランダから突き落としでもいいんですが、そのあとで玄関から部屋を出た としても、鍵はかかるわけです」
「普通に部屋を出てから死体のポケットに鍵を返しておいてもいいわけでしょう」
「いや箱崎さん、死体は部屋着でしたから、所持品はありませんでした」
「……」
「密室であることは問題ではないと思います」
「被害者に、部屋着で客を迎え入れるような関係の人物はいたのかな」
「いま調査中ですが恋人とかはいなかったようですね」
「切断面は?」
「鋭利ではない刃物、あるいはそれに類するもの。スパッとではなく、じわじわと切られ たような切断面、非力なものが慣れない道具を使って切断したという感じ」
 首を切るのに慣れてるヤツなんかいない、と箱崎はこれは小声でつぶやいた。
「判っているのは切断場所は部屋ではないということです。浴室にからもどこからもルミ ノール反応は検出されてませんから」
 いうべきことはそれで終わりだ、というふうに佐脇はポケットからまた一本、煙草を取 り出し咥えた。箱崎はその動作を静かに目で追いながら、
「なぜ犯人は死体の首を切断したと思う」
 と佐脇に訊ねた。煙草に火をつけながら佐脇は箱崎を見る。


□解決編

「切断する意図はなかったとおっしゃるんですね」
 佐脇がいうと箱崎は頷いた。
「首を切断するということは」と箱崎。「大変な労力とイマジネーションの必要な作業だ と思わないか、佐脇くん」
「……ええ」
 煙草の煙を吐き出す。
「加害者の目的は吉川氏を殺すこと、首を切断するメリットはない。吉川氏ではない別の 誰かを殺害、その死体を吉川氏に見せかけるといった仕掛けでもあるなら別だけれども。 部屋着だった吉川氏が部屋の真下の路上で死んでいる、転落死に見せかけようとしたのな ら首を切断する必要はない、身元を隠すためなら他の場所に連れ出す方がいい。もし部屋 のなかで殺害されていたとしたら加害者は被害者に招き入れられ可能性のあった人物、と いうことになるが、それでも首を切断する必要はない。部屋着、首の切断、殺害場所、ど うにもちぐはぐな感じがするのは加害者の計画がどこで誤ったんですよ」
「どこで?」
「これは、ある有名なトリックの一部引用になりますが」と箱崎はそこで少し言葉を飲み 込んだ。
「加害者は被害者の階上に住んでいる。もしくは屋上が出入り可能なら屋上にいる。そこ から輪にした紐、あるいはワイヤーのようなものを垂らし、ベランダに吉川氏を誘い出 す。これは小石のようなものを窓ガラスめがけて投げ入れるでも構わない、そして不審に 思って出て来た吉川氏の首に輪をかけそのまま引き上げる。首は絞まる、そこで絞殺に見 せかけるか、そのまま屋上まで引き上げてそこで殺害されたように見せるか、とにかくそ うやって吉川氏を殺すことが出来た。出来ると思っていた」
「屋上は出入りできませんでした」
 佐脇がいう。
「では加害者は13階あるいは14階の住人です。ただ、屋上が出入り不可能であるとすれ ば、警察の容疑圏内に自分が入ると加害者は考えた。それで首を十分に締めたあとにもさ らに吉川氏の体を引き上げ」
「転落させようと思った」
「そう」
 佐脇の言葉に箱崎は頷いた。
「加害者はそうすることで、吉川氏が外で絞殺されたように見えると思った。部屋着を着 ているんなて予想外だ。よほどのブルジョワでなければそうでしょう、ところがまずひと つめの誤算は吉川氏が誰が見てもあきらかな部屋着を身につけていたこと、それから二つ 目の誤算は」
「加害者が吉川氏の体を転落するほど十分に引き上げる前に、あるいは紐を外しきる前 に」
「紐が食い込み、吉川氏の首を切断してしまったこと」
 動転したでしょう、と箱崎は他人事の口ぶりでいう。佐脇の顔がその予想外の凄惨な顛 末を思い描いたのか、歪む。
「切断された吉川氏の体はそのまま地上へ、首は弾みで遠くへ転がり、結果として加害者 が目論んだ通り、路上へは落ちた。もちろん、ただの転落死になど到底見えない。加害者 は今頃、吉川氏の部屋の上で脅えて震えてますよ。自分のした恐ろしい行為に。はやくい って捕まえてあげなさい、佐脇くん」




 
「テリーの馬鹿」 ジュニア


□問題編

 密告があった。
「殺人犯で逃亡中のテリーが、昔の相棒ロビンソンに命を狙われている。テリーの潜伏先は高台の教会だ」
 人間風車の異名をとるロビンソンに先を越される前に、俺がつかまえて、警察に引き渡してやる。
 俺は教会に行った。
 べらぼうに大きな建物だ。
 キリスト教ではないようだ。
 SFチックな新興宗教の奇妙な教会だ。
 俺を迎えてくれたのは仮面の男だった。
 顔はさっぱりわからないが、胸に「ドリー」の名札がついている。
「ここには誰もかくまっていません」
 そんな言葉にはだまされない。
 俺はかたっぱしから部屋を調べていった。
 迷路みたいな作りに惑わされて、全室調べるのに1時間もかかった。
 どの部屋もからっぽだ。
 教会のエントランスに戻ってきた。
 仮面の男はどこに行ったのか、姿が見えない。
 俺は入り口脇に半開きの隠し扉があるのを見つけた。
 これみよがしに開いている。
 ここにテリーがいるのか。
 俺は中に入った。
 首なし死体があった。
 首を探したが、どこにも見当たらない。
 体はめった突きに刺されている。
 さらに硫酸までかけられている。
 きれいなまま残っているのは、両手首の先だけだ。
 俺は警察を呼び、検死の結果を待った。
 俺の推理。
「テリーは相棒に見つかって、残虐な殺され方をした」
 この推理は間違っていた。
 損傷なく残っていた指から指紋を調べた結果、死体はテリーではなく、ドリーのものだとわかった。
 どうやらドリーはテリーの2つ上の兄らしい。
 俺の推理その2。
「間抜けな相棒ロビンソンが、弟と間違えて、兄を殺っちまった」
 俺が時間をかけて教会を調べている間に、ドリーは殺されてしまったに違いない。
 だが、これも間違っていた。
 警察は即座に相棒ロビンソンの身柄を拘束、尋問したらしい。
 その結果、ロビンソンにはアリバイがあった。
 狙ってもいない、と殺意まで否定したという。
 俺の推理その3。
「テリーがドリーを殺したんだ」
 ありそうなことだ。
 でも、なぜ?
 ドリーを身代わりにして、自分が死んだと思わせたいのなら、指紋をきれいなままで残しておくわけがない。
 それに、なぜ、首を切った?
 しばらく考えて、俺は真相に気付いた。
 1つ言えること。
 テリー、おまえは馬鹿だ。


□解決編「テリーの勘違い」

 ドリーという名前には聞き覚えがあった。
 クローンだ。 
 ドリ-とテリーはクローンの兄弟だった。
 人間のクローンを推進している宗教団体のおとし子が、ドリーとテリーだったのだ。
 逃亡犯のテリーは自分が死んだとみんなに思わせ、晴れて自由の身になろうとしていた。
 そのための生け贄の(クローン)羊とも言えるのがドリーだった。
 ドリーを殺して、みんながその死体をテリーの死体だと認識すれば、テリーは自由だ。
 クローンなので、DNA鑑定しても別人だという証拠は出てこない。
 だが、クローンと言えども、長年の人生の内に、歯医者にもかかっているだろうし、体のどこかに手術の痕とか、あざがあり、それで死体の正体を知られるかもしれない。
 テリーはそのため、首を落とし、体を酸で焼いて痕跡を消そうとした。
 テリーの誤算は指紋だった。
 テリーは、クローンだから指紋もいっしょだと思い込み、指だけきれいに残して、あとの部分が誰だか判別できないようにしておけば、きっと死体がテリーのものだと警察は勘違いすると思っていた。
 警察が追っているのはテリーで、指紋もとられているんだから、まさか同じ指紋のドリーが死体で転がっているとは思うはずもない。
 テリーが死体で転がっている理由として、テリーはロビンソンが自分を狙っている、と自ら密告して、考えをそっちにもっていこうと工作した。
 ただ、ひとつテリーが勘違いしてたのは、クローンでも指紋は別々だという事実だ。
 堂々とドジを踏んでくれたテリーに乾杯。




 
「首なし妊婦」 池上宣久


□問題編

「諍屋先生、横山権三、齢五十七にしてアイデンテテーの喪失ってのを味わってしまったよ」
「自叙伝の完成がもうすぐじゃなかったですか?」
「物心ついてからのことはまとめ終わって、後は誕生前後を残すのみだった」
「横山さんは終戦間際、確か家族で日本に引き揚げる前日に、中国でお生まれになったんですよね」
「その時に母親は亡くなったと祖父から聞いていた。当時のことを確認しようにも祖父は死んで長いし、戦後はずっと隠遁生活で親戚や昔馴染みとの関係を絶っていたし、 引き揚げ直前に雇った乳母は、その後祖父の後添になったのだけど、これも当時の状況を全く知らないと言う。私は調査事務所に依頼して、当時の中国の状況を調べてもらうことにした。 しばらくして報告書の提出を受けた。それがパンドラの箱だったのさ。母は、小間使いとして雇っていた中国人の娘に殺されていた。しかも首を切り取られて」

第一報告書(通報を受けて現場にかけつけた警官の証言の要約)
 事件発生時、横山家には当主権兵衛、一人娘愛子、日本人召使い手塚、中国人召使い張、中国人女性小間使い周明華の五人がいて、愛子は父親の判らない赤ん坊を身ごもっていた。 午後九時半に通報を受けて警官が駆けつけると、現場となった離れは燃えていた。明華が愛子を殺して首を切断し、離れに火をつけて首を持って逃げた、と権兵衛と張は証言した。 手塚は車で外出していて屋敷にはいなかった。火は母屋に燃え移り、大火となった。翌朝警官は鎮火を待ってすぐに現場に行き、骨だけになった黒焦げの首なし死体を発見した。 その時には、権兵衛たちは引き揚げ船に乗るため港へ向けて出発していた。その船を逃がせばもう中国を脱出できないかもしれない逼迫した状況にあった。 明華の行方は判らず、そのまま事件はうやむやになった。

第二報告書(中国に残った張の証言の要約。ただし張は聴取中に心臓発作を起こしたため休止。容体良好の確認とともに再開予定)
 現場の離れは、権兵衛が武器のコレクションの陳列室として使っていたが、ほとんどは軍部に徴収され、まさかりやナイフなどの実用性のない刃物が数点残るだけだった。 離れは玄関のある部屋と奥の部屋の二間からなり、どちらにも窓はない。調度類は、玄関の間に机と椅子が一つずつあっただけで、机の上に母屋に通じる内線電話と、バスケットが置いてあった。 奥に間に灯油缶が一つあった。
 夜八時、張は離れに一人でいた。そこへお揃いの赤いレインコートを着た愛子と明華がやって来て、二人で話をするので出て行くように言われた。 母屋から父親の権兵衛がやって来たらすぐ知らせるように命じられ、張は離れの入り口から二十メートル離れ、母屋の玄関をも見渡せる位置に立った。
 一時間後、離れの玄関灯がふいに消え、一人の女性が出て来て、壁を伝うように歩いて離れの裏へ向かい、すぐに張の視界から消えた。裏手に屋敷の裏玄関がある。 淡いシルエットだけだったので、その女性が愛子だったのか明華だったのか判別はできなかったが、手にバスケットを持っていたのは判った。
 その女性に注意を奪われた張は、権兵衛の接近に気がつかなかった。権兵衛は、そこにそのままいるように張に命じて離れに向かった。
 二分ほど経って、離れの奥から煙が上がるのを見て、張は走った。玄関の間に入ると、奥のドアが開いていて、燃える火が見えた。
 奥の間に、服が大きく裂けてふくれたお腹をさらした血まみれの首なし死体があお向けに倒れていた。そのそばに権兵衛が立っていた。床に凶器らしきまさかりとナイフ。 部屋には他に誰もいず、切られた首もなかった。離れには首を隠せるような棚も収納庫もない。灯油が壁にぶち撒かれたようで、火は天井に達しようとしていた。

「つまり、私の母愛子は私を身ごもったまま殺され、首を切られ、火をつけられ、黒焦げになった。そのむごたらしさを知って、私は少しばかり泣いたよ。でもすぐに気がついた。 母は私を身ごもったまま、殺された。では、私も死んでいるではないか…?ということは、私は母の息子ではない。権兵衛の孫でもない。私は何者なのだろう?」
「それがアイデンテテーの喪失、というわけですね」
「張は、気を失う寸前に調査員の手を握り、私が絶対愛子の息子だと断言はしてくれたらしいよ。でもこの時点では意識が混濁していたのだろう。 だって、それに続いて事件の翌日に愛子を見たような気がする、というような矛盾したうわごとを言っていたらしいからね。」
「でも不思議な事件ですよね。どうして明華さんは愛子さんの首を切って持ち去ったのでしょう?普通は被害者の正体を隠すためという動機が考えられますけど、 でも妊娠という事実があるのですから、被害者が愛子さんだというのは明白ですよね。実は明華さんもまた妊娠していたという事実はなかったのですか?」
「それは、愛子の方が殺害犯で、明華が被害者だったのではないか、ということだね」
「…すみません。不躾でした」
「いいよ気にしなくて。それは調査員も疑ったらしくて確認してくれている。明華は妊娠していなかった。だから、張も被害者が愛子だと強く主張できたらしい。 二人の女性がいて、一人が姿を消し、一人が首なし死体となった。騒ぎ出したのは、明華の家族だった。明華がそんなことをするはずがない、日本人が嘘をついている、 愛子が明華を殺して首を切って逃げたのだ、という主張だ。家族がそう反応するのも仕方はない。それを鎮めたのが、死体は間違いなく愛子だったという張の証言だ。 これは今回の聴取でも張は強く断言していた。実直で嘘を言えない張の性格を明華の家族は知っていた。もしこの張の証言がなければ、反日感情が高ぶっていた時期だ。 明華の家族だけでなく近所の者も集まり始めてリンチが起こってもおかしくなかった。翌日の引き揚げ船にも乗れなかったかもしれない」
「横山さんは失われたかに見えるアイデンテテーをまた掴み直せれば良いのですか?」
「そうだ」
「それなら調査員さんはある質問を一つ、張さんにすれば解決がつくかもしれません」


□解決編

「あなたが横山権三さんが愛子さんの息子だと断言できるのは、権兵衛さんがあなたの目の前で、愛子さんのお腹を切り裂いて、赤ん坊を取り出したからではないですか?」
「天崎君、急にどうしたの?」
「首なし妊婦事件ですよ」
「…君、あられもない言い方するね」
「横山さんから返事ありました?中国の調査員に質問を依頼してからもう一週間になりますよ」
「もう回答はあったと思うよ。ただ、横山さんの方があの後体調を崩して入院してしまったからね。連絡がつかない。入院の翌日にはお見舞いに行ったのだけど、その時はまだ回答は返ってなかった」
「先生、僕あれから色々考えたんですけどね、凄いこと思いついちゃったんですよ」
「…余計なこと考えない方がいいよ」
「でも、返事が先生の質問通りだったとしても、ひとつ謎が残りますよね。愛子を指し示す妊娠という大きな特徴を残しながら、なぜ愛子の首を明華が切って持ち去ったのか、っていう謎」
「天崎君、もうそれくらいに…」
「首を切ったのはその正体を隠すためっていう風に考えるのが普通ですよね。だから、やっぱり犯人は愛子なんです。 愛子が明華を殺して、その首を切って死体のお腹に突っ込んでお腹をふくらませて妊娠したように見せかけたんです。愛子は殺害後に出産して、その場に張が立ち会ったかしたので、横山さんが愛子の息子だと断言できるんです」
「…君とっても愉しそうに喋るね」
「だって、首切りの論理の新説ですよ。なぜ、犯人は被害者の首を切ったのか?それは、被害者を妊婦に見せかけるためだった。 首を切って正体を判らなくし、その切った首を使って全然違う人物のキャラクターを植えつけるんです」
「その思いつき自体は君の言う通り面白いアイデアなのかもしれないけど、でも横山さんの事件には当て嵌まらないよ。だって、火の消えた現場に真っ先に駆けつけた警官は首なし死体を発見したのであって、首切り死体を発見したのではないよ。 現場には首は残っていなかったんだ。その時には権兵衛一家は港に向かって出発していたのだから、首を処分する機会はなかった。 それに、張さんが愛子さんの出産に立ち会ったというのなら、死体発見直後はともかくとして、今は首なし死体は愛子さんではなかったことを知っているわけなのに、死体は間違いなく愛子だった、と今回の聴取でもまだ張さんが強く断言しているのはおかしいじゃないですか」
「先生はやっぱり死体は愛子で犯人は明華だって言うんですか?それなら、明華が愛子の首を切った理由は何なんですか?」
「明華は死ね死ね団の団員だった。愛子殺害の指令を受けた明華は愛子を殺し、その証拠として愛子の生首を団長のもとに献上した。首実検だね。戦国時代にはよくあったことさ」
「…本気で言ってるんですか?」
「…もうやめた方がいいよ。もうすぐしたら回答が判るのだから」
「先生、どうしたんですか?何だかえらく消極的ですね」
「横山さんはパンドラの箱を例にしたけど、まだ箱のふたは開き切っていない、そんな感じがするんだよ」
「…よく判らないなあ」

 その時、訪問客があった。帰国の直前に乳母として雇われ、その後権兵衛の後添えとなった横山の義理の祖母だった。
「諍屋先生、先日はわざわざお見舞いいただきましてありがとうございました」
 彼女は丁寧にお辞儀をした。聞くと、諍屋がお見舞いの際に病室に忘れていったボールペンを届けに来てくれたのだった。諍屋は恐縮して受け取った。
「あと、権三から伝言を頼まれております」
 中国の調査員からの回答だった。諍屋の推測どおり、死体発見直後に権兵衛が死体の腹を裂き、赤ん坊を取り上げたのであった。
 後ろで聞いていた天崎が「あ~あ」と声を上げた。諍屋はすかさず叱責の視線を送った。
「先生の助言のおかげで、権三も自分のアイデンテテーを取り戻せた、と喜んでおります。そのお礼を申し上げたくてお邪魔いたしました。ありがとうございました」 老婆は再び深く腰を曲げた。「ですので、権三の心配事はなくなりましたので、もうお気にかけられませぬようお願いいたします」
 顔を上げた老婆は、諍屋の顔を正面から見つめた。諍屋は視線を外さず、
「張さんが事件の翌日に愛子さんを見かけた、と証言されてたようですが、その辺りの再確認はされたのでしょうか?」
「旅の準備は火事で燃えてしまいましたので、翌朝早くから張さんはその準備に走りまわっておりました。その折に日本人召使い手塚さんの運転する車とすれ違ったらしく、 後部座席に座っていた女性が愛子のように見えたのだ、と言っておるようです。ただ、帽子を被り顔を伏せていましたので、顔を見たわけでなく、口元に愛子そっくりの大きなホクロがあった、 という程度のもののようでございます」
 諍屋は、老婆の口元を見た。そこにわずかにひきつれが残っていた。
 諍屋の目には、それが、ほくろの除去手術の痕跡に見えて仕方がなかった。
「あなたが」諍屋の声がかすれた。「横山愛子さんなのですね?」
 老婆ははっきり言った。
「そうでございます」
 天崎が椅子から転げ落ちた。

 横山愛子はすべてを語った
 愛子が身ごもった子の父親は権兵衛だった。二人の関係を偶然知った明華もまた権兵衛を愛していて、一度ならず関係を持っていた。嫉妬に燃えた明華は離れに愛子を呼び出し激しく罵った。
「二人の関係を日本人社会に言いふらしてやる。いやそれどころか権兵衛に無理やり犯されたと言いふらして復讐心の強い周一家を煽り、引き揚げ船に乗れなくしてやる」
 気がついた時には、愛子は明華の背中をナイフで刺していた。
 愛子は内線電話で、母屋にいる権兵衛に助けを求めた。
 翌日に中国脱出を控えていた。この瀬戸際に中国人殺しが発覚すれば、中国脱出どころか集団リンチに合う可能性さえあった。ポイントは離れの前で見張っている張の証言だった。 実直で嘘のつけない張は中国社会で絶大な信頼を得ていた。この男をうまく騙して有利な証言をしてもらえれば助かるかもしれない。
 最初に権兵衛が指示したのは、明華の首を切り、その生首を明華のお腹に押し込んで愛子に見せかけるトリックだった。しかし、警察に死体を検分されたらトリックがバレてしまうので、これを阻止するため離れに火をつけることにした。 骨が燃え尽きてくれたらそれに越したことはないが、燃え尽きなくて焼け跡からお腹の部分に頭蓋骨が見つかっても、その前に町を脱出して船に乗ってしまう計画である。 一か八かの際どい計画だったが、どうしようもなかった。
 愛子は明華の首を切り、脇腹から背中にかけてを切り裂く。その時、愛子は突然産気づいて、赤ん坊を出産してしまう。赤ん坊は息をせず泣き声を上げなかった。 そのため死産したのだと思い込んだ愛子は母屋の権兵衛に電話した。
 状況を確認した権兵衛は指示を変える。それならその赤ん坊を利用できるはずだ。愛子にバスケットに明華の首を入れて裏玄関から脱出させた。 裏玄関の前には権兵衛の指示で手塚があらかじめ車で待機していて愛子を拾い、金で動く知り合いの家に一晩かくまってもらった。
 愛子が離れを出たのに合わせて姿を現した権兵衛は離れに入り、床に転がった赤ん坊を愛子が開けた死体の傷口を広げて押し込んだのである。 それから離れに灯油を振り撒いて火をつけた。小さな火のうちに消されてしまうと困るので、充分に燃え広がるのを待って、張を呼びつけるつもりだったが、張が理想的なタイミングで離れに来てくれた。 そのギリギリの状態の時に権兵衛は死体のお腹にナイフを突き立て、切り裂き、先ほど押し込んだ赤ん坊を取り出したのである。
 奇跡はこのとき起こった。赤ん坊が蘇生したのである。泣き出した赤ん坊を抱いて二人は外に出た。死体も外へ引き摺りだそうとする張を押し留め、生まれたばかりの赤ん坊の命を助ける方が急務だと強引に張を外に連れ出した。
 翌日、赤ん坊を連れた権兵衛は、手塚と愛子と待ち合わせ、日本行きの船に乗ることができた。日本に戻り、戦後のどさくさに愛子のために偽の戸籍を作り、その後に妻としてめとった。 実の娘と結婚している事実を隠さなくてはいけなかったので、親戚、昔馴染みとの関係をきっぱり切って隠遁生活とならざるを得なかった。

 老婆が帰ったあと、天崎は諍屋に聞いた。
「先生、どうするんですか?横山さんに報告するんですか?」
「できるわけないよ。自分は母と祖父の間の近親相姦でできた子で、母は人殺しで、誕生直後にただ脱出するための小道具として使われた、なんて、どう説明できる? だから、犯人は明華で、被害者は愛子さんで、横山さんは死体から取り上げられた、ということでいいじゃないですか。それに、愛子さんはね、日本に帰ってからは本当に献身的に横山さんを育てたらしいよ。 それは普段から横山さんから聞いていて、出て来るのは感謝の言葉ばかりだよ。もう贖罪は済んでるよ」
「先生は真相に気づいていたんですか?」
「確証はなかったけど、結局死体が焼け跡から見つかったというのが腑に落ちませんでした。男が二人いたのですから、まず死体を外に運び出すのが先決でしょう。 それをしなかったということは死体に変な細工をしてあったのではないかと思い、最初はお腹に生首、かなと」
「何だ、先生も気がついていたんですか?」
「でも焼け跡から頭蓋骨が見つかってないし、張の断言ともそぐわない。一方、お腹から赤ん坊を引き出したとしても、犯人が首を切って持ち去った動機が判らない。 単純に考えれば死体の正体の隠匿だけど、お腹が膨れていたのだから、それは意味がないからね。その上でもう一度、明華が被害者だとしたら、と考えてみました。 お腹を膨らませていたものの正体、それは赤ん坊でした。その瞬間に真相の可能性に気がつきました。気がついた途端に気持ちが悪くなってしまいました」
「それで、先生ずっと素っ気無かったんですね」
「はい」

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