「綺麗」abiko masahiro
「椅子と鬘とインディアン」池上宣久
「カルネイ署長の長い一日」辻本真孝
「綺麗」 abiko masahiro
□問題編
学生会館の廊下を行くと、天文学研究会、写真部、軽音楽部「フリーバード」、マスコ ミ研究会「DMF」、などとそれぞれのドアにはその部に相応しい、デザインや凝った字 体の施された名前の書かれた部屋が並んでいた。突き当たりの部屋が問題の部屋で、そこ には至ってシンプルに「サザンオールスターズF.C」とあった。制服の警官がドアの外 に一人、大学の職員と思しき背広の男が一人、それを遠巻きに眺めている学生らしい野次 馬が数人。
警官が敬礼するのへ軽く会釈を返す。それから箱崎は背広の男に「大学の方ですか」と 訊いた。男は頷き「事務局の松田と申します」と答えた。連絡してきた男だった。発見者 は学生だが、その学生たちからの知らせを聞き通報してきたのだ。箱崎は松田に簡単な自 己紹介をすると、ドアのなかへ入った。
小さい、どこにでもありそうな大学のクラブハウスだった。コンクリートブロックの 壁、安っぽいロッカー、地下なので窓はない。部屋の壁にはサザンオールスターズのポス ターが何枚も貼ってある。CDが発売されたときにレコード店頭に貼り出されていたのを 見たものがあった。テーブルの上には灰皿、パソコンで作っているらしいチラシ類、ミニ コミ誌のようなもの、雑誌の切り抜き、インターネットからプリントアウトしたらしい紙 類が山ほど。CD。懐かしいレコードのジャケットも。それから 死体。
机に俯せるようにして男が死んでいた。苦痛に歪んだ横顔を見せている。口の辺りに吐 瀉物が見られたが微量だった。見開かれた眼球の赤さの方が異常だった。
死体の側に、先に到着していた刑事たちがいる。部屋の隅にはワイシャツにネクタイの 男、職員だな、と思う。
「絞殺ですか」
箱崎がいうと刑事が頷いた。「このFCの代表、山村弘、4回生。発見者の女子学生た ちは隣の部屋にいる。この方は花沢さん、松田さんと同じ事務局職員だ」
花沢が頭を深々と下げるのに箱崎は答えた。それからもう一度、死体に目を戻す。俯せ た死体が抱え込んでいるものに目が留まる。「あれは?」
「ダイイングメッセージか、それとも単に被害者が好きだったアルバムを死の間際に発作 的に手にとったか、あるいは犯人が何らかの目的で持たせたか。判らんよ、まだ」
「……たまたまそこにあったのかも知れない」と箱崎。
「その可能性だってもちろんある、いやその可能性の方が高いとオレは思うね、警部」
レコードジャケットだった。CDではなく。白地に美しいピンクの薔薇が咲いている。 『綺麗』というのがそのアルバムのタイトルだった。山村の手がそれを抱え込んでいる。 その指先に、黒い髪が何本か絡み付いていた。
隣の部屋にいた女子学生はトモコといった。FCのメンバーであだなはチャコ。
「クラブの女の子にはたいてい、サザンの曲からとったあだながついていました。ちょっ としたお遊びなんですけど」
気恥ずかし気にいうのを聞きながら、箱崎は、普通の娘なんだな、と思う。何も、フリ ーキーにサザンに狂ってそうしているわけではないらしい、その気持ちは判らないでもな い。学生時代の楽しさのひとつだ。
容疑者は3人プラス・アルファだ、と先に聞き取りにあたっていた刑事たちから聞かさ れた。被害者の山村弘は代表の立場を利用し、女に手を出すことが多かったという。ただ 実際に誰が彼に弄ばれていたかは判らない。チャコ、栞、エリー、の3人がそうだと部員 たちは噂していた。事件の発見者は何人かで連れ立って部室に来た学生たちだが、そのな かにチャコことトモコはいた。栞、エリーはまだ来ていない。
箱崎は残りの2人についてチャコに訊ねた。
「栞っていうのはカオルの呼び名で、それは彼女の見た目からついたんです。エリーは本 当の名前がアユミ、泣き虫だからだったかな、それで。もしクラブにエリコとかいう名前 の人がいたら、アユミがエリーにはならなかったでしょうけど」
プラス・アルファだといわれたのは、職員の花沢だった。「花沢さんはトモコの恋人な んですよ」と教えてきたのは松田だ。「証拠はないですけどね、自分の恋人が弄ばれてた と知ったら、それがたとえ自分とつきあう以前のことであっても面白くはないんじゃない ですか」と松田がいうのを聞きながら、箱崎は、嫌な男だな、と思った。同じ職員という 立場にありながら、松田が花沢を売ろうとしている、という印象が拭えなかった。
再び山村の死んでいる部屋に戻ると刑事たちが顔を箱崎に、
「やっぱりダイイングメッセージの可能性は薄いな」
といった。
「アルバムにはチャコも、栞も、エリーも入ってない」
それには箱崎もとうに気づいていた。83年にリリースされた『綺麗』は他のアルバムよ りも女性を指す内容の曲やタイトルの曲が多いが、この3人は見当たらない。「いとしの エリー」は79年の曲、収録されているのは『10ナンバーズ・からっと』、「栞のテーマ」 は81年のアルバム『ステレオ太陽族』からのシングルカット曲、チャコは82年発売でスタ ジオアルバムには収録されていない。
『綺麗』には「マチルダ」「サラ」といった女の名前が見られた、それ以外にも女性を指 すような曲がある。「赤い炎の女」。箱崎はそのなかの1曲「EMANON」が気になっ ている。このタイトル、逆から読むと「NO NAME」なのだ。
□解決編
松田の手配で学生会館のなかの一室を臨時の捜査本部として使うことになった。所轄の 刑事に連れられて、栞ことカオルが入ってきたのを見て、箱崎は彼女が犯人ではないこと を知った。「見た目」からそのあだ名がつけられたというとおり、彼女はlong brown hair だった。現場にあった髪とは明らかに違う。
「痴情からだとしたらチャコの線も薄いだろう」
「どうして」
「松田のいったとおりさ、いまのチャコに花沢がいるなら彼女が過去にこだわって殺人ま で犯す理由がない、逆に花沢にとっても、チャコという恋人がいるならいま自分の側にい るなら、山村弘にこだわる必要がない。動機を欠くよ」
「山村がゲイで松田とつきあってたっていうのなら、また他の線も浮かび上がってくる ぜ」
「だとしても髪の問題があるだろう、それに『綺麗』の意味が残ったままになる」
やはりあれに意味があるんですか、と刑事が訊ねた。箱崎は、山村弘だろ、といって、 「犯人はエリーことアユミじゃないのか。あれは山村のダイイングメッセージではなく、 彼女の告白だったんだろ。ほら」
差し出されたCDを刑事は受け取った。現場に残されたレコードとサイズの違うそれの 裏面には曲名が並んでいる。
「『そんなヒロシに騙されて』っていいたかったんじゃないか、もしかしたら『NEVE R FALL IN LOVE AGAIN』かも知れないけれどね」
「椅子と鬘とインディアン」 池上宣久
□問題編
この物語はフィクションです。
200X年、恒例となった茅ヶ崎SAS祭り二日目の夜午前二時、会場のホールから車で三十分離れたホテルの自室で、桑田啓祐は携帯に電話を受けた。
関口和之からだった。
「もしもし桑田?」
「ああ。どうしたのこんな時間に?」
ライブが終わったのが午後十時で、ホールでの打ち上げが終わった午前0時までは一緒だった。
「良かった。生きてたのか・・・」
「は?」
「今、俺、お前の死体見つけちゃったんだよ。他殺死体ってんの?今目の前に胸にナイフが刺さって・・・」
「お前、何言ってんの?酔ってる?」
ドアが開いて、原由子が入ってきた。
「どうしたの?」
桑田は手で受話器を押さえて「関口からなんだけど、様子がおかしいんだよ」桑田は受話器に向き直り、声に力を添えた。「関口、落ち着いて、説明しろ」
「俺、打ち上げの後もスタッフや野沢や松田と一緒にホールに残ってて、酔いを覚まそうと中庭に出たら小さな建物があって、戸が開いてちょっと隙間ができてたんで、 つい開いたら何か変な雰囲気だったのでドアの脇を探ってスイッチ入れたら、お前の死体を見つけちまったんだよ。いや判ってるよ。お前生きてるもんな。こいつあれだよ。 ほら昨日のそっくりさん大会で予選敗退した人。俺たちでリアル桑田だって言ってた奴だ」
桑田はその男を覚えていた。名前は印田といって、桑田より三才年長だった。桑田も五〇才を越え、普段は中年のおじさんである。素の桑田にそっくりだったのだが、その点は審査では有利に働かなかった。
「ここ恐らく倉庫なんだろうけど、壁際の椅子に死体は腰掛けている」
「椅子に腰掛けてる?もう少し説明できる?」
「腰掛けていると言うよりは、横倒しに倒れたら椅子があったって感じで横にねじれてもたれた感じ。左半身が下。椅子のすぐ横に衣装ラックがあって、倒れる時に思わずつかんじまった感じで、 毛皮のコートをつかんでいる。何だ?太ももの上に何か紙が置いてある」ようやく関口の声に落ち着きが戻ってきた。「星座のカードだなこれは。何々?インディアン座だって。へぇ。こんな星座もあるんだ」
「それは何?手書きなの?」
「いや印刷物だ」ちょっと間があって、「ああ、判った。椅子の上に作りつけの棚があって、幾つか箱が積み重ねてある内の一つが横になって、蓋がない。えーと、蓋は床に落ちてて、タイトルが星座物語り。 箱の中にはまだ数十枚残ってるな。星座ごとに一枚ずつあって、伝説や見える時期や場所を説明してるみたい」
「インディアン座ってどんな形してるの?」
「五つの星を結んでて、強いて言えば漢字の『人』かな。一画目の留めのところからちょろっと横に線分が伸びるけど」
「関口。もういいや。あまり現場を荒らさない方がいい。すぐに人呼んで警察に連絡しなよ。俺もすぐそっちに行くことにするからさ」
「そうだな。判った。そうするよ」
切れた携帯を見つめながら、桑田はあることを思い出して青ざめた。桑田は鞄からノート型パソコンを取り出し、電源を入れた。
警察が到着し、捜査が始まった。
被害者は印田という男で、現場のホールに勤める雑用係りだった。死因は左胸に刺さったナイフで、死亡時刻は午前0時から一時までの間とされた。即死ではなかったようだ。
殺害現場は小倉庫で、主に衣装や帽子や鬘を収納するための部屋だったが、テーブルや竹椅子や籐椅子なども雑多に詰め込まれていた。死体は籐椅子に座っていた。 太ももの上の星座カードは一枚だけでなく、「インディアン座」の下に「蟹座」と「オリオン座」のカードが重なっていた。
現場に到着した桑田は、担当警部に面会を申し込んだ。桑田はノート型パソコンを持参していた。
「警部さん、この詩を読んで欲しいんです。『悪魔の湘南手毬唄』というテレビドラマの主題歌を依頼されて、昨日に作ったばかりなんですが」
こんな詩だった。
「竹で編んだ椅子にもたれて
剥いだ頭皮に指をからませ
見つめる俺はインディアン
殺して殺して殺しまくるぜ」
これが一番で、あと二番三番と続いていたが、警部は冒頭の詩の内容に驚いた。
「こ、これは」
「関口から現場の状況を聞いて、僕も驚いたんです。死体は椅子にもたれて、指に毛をからませ、ももの上にインディアン座のカードが置いてあったそうじゃないですか」
「では、犯人はこの詩に基づいて、死体を装飾したというのですか?」
「そうとしか考えられないのですが」
「しかしこの詩は昨日作られたばかりだとおっしゃる。この詩の内容を知る人は限られるのではありませんか?」
「ところが、昨日は茅ヶ崎SAS祭りの一日目で、ライブ終了後はそっくりさん大会なども含まれる一般ファンとの交流パーティがあって、その控え室にうっかりパソコンを置きっぱなしにしていたんです。 詩が読める状態で放置していたのではないのですが、操作すればかなりの人に見る機会があったはずです」
警部は考え込んだ。この詩を再現したのだとしても、その目的が判らない。とりあえず、桑田のパソコンを見る機会のあった者が一体何人くらいいるものかを部下に調べさせた。
そうすると意外な事実が明らかになった。桑田が放置したパソコンは、ホールのスタッフがホールの備品と勘違いをして控え室からすぐに持ち去られていたのだ。 パーティの終了間際に気がついて控え室に戻されたために、桑田はその事実に気付かなかった。その結果、一挙にパソコンを見る機会のある者が絞られることになった。 それは、SASのメンバーの五人-桑田啓祐、原由子、関口和之、野沢秀行、松田弘-だけだったのだ。
警部はその事実を桑田に告げた。
桑田は目をつぶり、そしてため息をついた。
「警部さん、それなら犯人は一人しかいません」
インディアン座の形は以下のURLにてご確認下さい。
みてみて→http://space.nasda.go.jp/db/utyu/seiza/seiza_j/indus_j.html
□解決編
桑田は説明を始めた。
「犯人は『悪魔の湘南手毬唄』の歌詞に見立てて殺害現場を装飾したように見えますが、微妙に詩の内容と状況に差異が認められます。例えば、詩には『竹で編んだ椅子』とあって、 現場には竹椅子があったのに、死体は藤椅子に座っていた点。詩には『頭皮』とあって、現場には鬘があったのに、毛皮のコートを握っていた点。 歌詞の通りに完璧に現場を装飾しようと思えば犯人にはそれができたはずなのに、それをしていません。犯人は詩の内容をうろ覚えだったのかもしれません。 しかしそうだとしてもおかしいのは星座カードです。詩には『インディアン』とあって、死体のももの上にインディアン座の星座カードが置いてあったのですから、 これは完璧な見立てになっていると言ってよいでしょう。しかし、蟹座とオリオン座のカードも一緒に重ねられていた点が余計です。犯人はなぜこんな余計なことをしたのでしょうか? 椅子の上の棚に箱が横倒しになってふたが開いていたということですから、何かの拍子に箱から蟹座とオリオン座のカードが死体の上に落ちたのかもしれません。 しかしそれならインディアン座のカードが一番下でないといけないし、逆に一番下のオリオン座を犯人が置いたのだと考えると、それでは歌詞の見立てが成立しません。
歌詞の内容と微妙にズレた見立て。もしかすると、全ては偶然であったのかもしれません。刺された被害者が倒れる時バランスを保とうと毛皮のコートをつかみ、そのまま椅子に倒れ込み、 その振動で棚の箱から星座カードが落ちて来た、とも状況が解釈できるからです。それがたまたま、歌詞の内容に符合してしまったのではないか。いや、それではあまりにも偶然が過ぎます。 偶然か必然か?必然だとしたなら、どのような説明が可能なのでしょうか?」
警部は身を乗り出した。
「桑田さん、あなたにその説明ができるのですか?」
「はい。一つの考え方があります。見立てが逆なのではないか、という解釈です。殺人現場の状況を歌詞の内容に見立てたのではなく、歌詞の方が現場の状況に見立てられたのです」
「は?だって、歌詞はあなたが…」
「はい。僕が書きました。『悪魔の湘南手毬唄』は、関口から電話で聞いた内容をもとに即興で書いた詩だったのです。僕は一度現場の倉庫に入ったことがあったので、 その時に見た竹椅子が記憶に残っていました。だから、関口から椅子と聞いた時に竹椅子しか頭に浮かびませんでした。『頭皮』というのは、インデイアンと毛の連想から使っただけの言葉だったのですが、 それが現場にあった鬘に結びつくとは想像もしませんでした。星座カードについても、関口からはインディアン座しか伝えられなかったからです」
「あなた、なぜそんなことをしたのですか?」
「関口から事件の連絡があった時、聞いた現場の状況が、ある人物の名を示していると思えたからです」
「人物の名?」
「僕は、被害者はインディアン座のカードと毛をつかんで竹椅子に座っていたのだと勝手に思い、それは被害者の残したダイイングメッセージだと解釈してしまったのです。 でも事実は、座っていたのは藤椅子で星座カードはインディアン座だけではなかったのですから、たまたまそうなってしまっただけで、被害者の意思は全然からんでいなかったのですね」
「そのままではやがてダイイングメッセージが解かれて犯人が暴かれると考えたあなたは、我々の捜査を見立て殺人にミスリードするために詩を書き上げたということですか」
「『悪魔の湘南手毬唄』の主題歌の依頼は本当で、参考に横溝正史の『悪魔の手毬唄』を読み終わった直後だったんです。すぐに見立て殺人というアイデアが浮かびました。 そして前夜にパソコンを控室に置きっ放しだったのを思い出して、あの時は不特定多数の人が入り乱れた夜でしたから、容疑を拡散できると考えました。だけどまさかそれが反ってやぶ蛇で、 容疑がうちのメンバーにまた罹ってくるとは予測外でした」
「また?」警部は敏感に反応した。「ダイイングメッセージが指し示すとあなたが考え守ろうとした人物は、サザンオールスターズのメンバーなのですか?」
「そうです。うちらを守るために嘘の歌詞を作ったのに、結局その歌詞がメンバーを縛ることになってしまったのですから、これ以上頑張っても仕方がありません。全てを打ち明けることにしました」
「そうなら、推理を述べるような妙な言い方でなく、ストレートに告白してくれればよろしかったのに」
「『悪魔の手毬唄』を読んだばかりで、金田一耕介に感化されたっていうか。すみません」
「ダイイングメッセージが指し示すとあなたが考えたのは、誰なんですか?」
「すみません」桑田はまた謝った。そして言った。「僕です」
警部は一瞬絶句した。「…あなた?」
「僕が犯人なんです。僕が印田を刺し殺したんです。死んだと思って現場を出たんですけど。関口から電話で聞いた状況が僕が現場を出た時と違っていたので、 まだ息が残っていた印田が最後の力を振り絞ってダイイングメッセージを残したのではないかと考えました。でも、インディアンと椅子と毛皮ですからね。 最初はこれの何が桑田啓祐を表わすのか全然わかりませんでした。でも倉庫にあった椅子が竹製であるのを思い出し、つまり『タケイス』ですから、 これに毛皮の『ケ』をつなげば『タケイスケ』となります。これだ、と思いました。でもそうすると残りの『インディアン』が『クワ』を表わすことになってしまいます。 これが全く見当がつかなかったのですが、関口からインディアン座の形を聞いて思い出すものがありました。それで、電話を終えてすぐにネット検索で調べました。 そうしましたら、僕の記憶が正しいことが判ったので、やはり現場の状況は僕が犯人だと指し示すダイイングメッセージだと確信してしまいました」
「インディアン座にはどういう意味があったのですか?」
「インディアン座は五つの星で構成され、『人』の字に一画を沿えた形です。これはローマ字の『Y』の縦棒の留めに一画を沿えた形とも見えるのです」
「そうだとして、それは何を示すのですか?」
「桑畑の地図記号です」
「カルネイ署長の長い一日」 辻本真孝
□問題編
この物語はフィクションです。
「なに! ロナルドがスパイだと!」
リオ市警のカルネイ署長は叫んだ。
「間違いないのか!」
署長はテレビに視線を移した。
マラカナンスタジアムで行われている北半球選抜と南半球選抜の試合は後半戦に進んでいた。
スコアは1対1。
前半、タカタのセンタリングにゼッカムが頭を合わせて北半球選抜が先制した。すぐさま南半球選抜のエスボマがミドルシュートで同点に追いついた。
スタジアムの観衆は地元ブラジルのロナルドのシュートを待ち望んでいた。
「まだ情報は流れていないんだな」
カルネイ署長の表情は硬かった。
「ロナルドが国家機密を国外に流そうとしているらしい。試合終了と同時にロナルドを逮捕するんだ。いや、選手全員を捕まえろ。国外のマスコミは一切近づけるな」
マラカナンスタジアムではロナルドコールが沸き上がっていた。
それに答えるかのように、ロナルドは個人技で北半球選抜を圧倒し、一人でゴール前まで詰め寄った。そして放たれたボールはキーパー・ハーンの右手をかすめてネットに突き刺さった。
スタジアムが揺れた。
ロナルドは胸にSouthern All Starsと書かれたユニホームを脱いで走った。そこに他の選手も集まってロナルドを称えた。
観衆の興奮も冷めず、ロナルドは歓喜のパフォーマンスをしたが、遅延行為としてイエローカードを受けた。
試合は、ロナルドのゴールが決勝点となって南半球選抜が2対1で勝った。
終了と同時にロナルドをはじめ選手・関係者全員がリオ市警に拘束された。
しかし、すでに情報はロナルドによって流されていた。
「どういうことなんだ!」
カルネイ署長は頭を抱えていた。
□解決編
マラカナンスタジアム
完成は1950年。ブラジルで開催されたワールドカップ用に建設され、当時は約20万人の収容を誇った世界最大のスタジアムだった。
以来、マラカナンは常に「世界最大」という形容詞で語られるようになったのだが、度重なる事故もあって現在の収容は約10万人に縮小されている。
1980年、電話局がマスコミ用にと両サイドのゴールポストの脇に2台ずつ計4台の公衆電話を設置した。
ゴールを決めるたびに選手が使用し試合進行の妨げになったので、現在では選手が試合中に使用するとイエローカードが出される。
今ではマスコミも使用していないが、電話局が宣伝の為そのままにしている。
「どういうことなんだ!」
カルネイ署長は頭を抱えていた。
マラカナンスタジアムの観衆は見ていた。
観衆だけではない、テレビを通してブラジルの国民が、全世界の人々が、見ていた。
ロナルドはゴールを決めたあと、公衆電話に駆け寄ったのだ。それは、ゴールの喜びを家族に、愛する人に伝えたものだと皆が思ったのだ。
カルネイ署長もそれに漏れることはなかった。
しかし、国家機密はその時漏れたのだった。
「なに! カルロス・ツジモトが殺されただと!」
リオ市警のカルネイ署長の一日はまだ終わらない。
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